日本最大の書店街・神保町で写真映えする個性派の喫茶店3「さぼうる」「カフェ・トロワバグ」「セブンズハウス」
さぼうるの店内、レンガ造りの壁には白いペンでびっしりと落書きが
インスタ映えする6色のクリームソーダ
神保町古書店街の周辺は日本有数の喫茶店の街でもある。200を超える書店のほか、出版社や大学が集まる、日本の出版・活字文化を濃縮したような空間に、新旧合わせ50近い喫茶店・カフェがある。
多くの街でチェーン店が増え個性派が減るのと対照的に、ここでは写真映えする古い店が健在。本と喫茶店は相性がよく、出版関係者も学生も喫茶店に吸い寄せられる。
筆者も大学時代、授業に出ずに長居できるこの辺りの喫茶店で過ごしたことがある。時間つぶしといえば本か漫画、週刊誌の時代……そんな記憶とともに、街の一部になっている古い喫茶店を巡った。
地下鉄神保町駅の地上出口を出ると、靖国通りの南側に古書店が並んでいる。一般書のほか、歴史、自然科学、アート、SFなど店によって専門分野があり、目的の古書はすずらん通りの「本と街の案内所」で調べられる。
三省堂や書泉グランデなど新刊書店がこれだけ密集するエリアも類がなく、本好きが歩いたら必ず何冊か衝動買いしたくなること請け合いだ。
最初に寄ったのは学生時代のなじみ「さぼうる」。靖国通りとすずらん通りの間の路地にある1955年創業の有名店で、山小屋風の建物に国内外の民芸品が飾られ、その心地よいカオス的な存在感は突出している。
半地下のレンガ壁は、白ペンで書かれた落書きで埋まり、隠れ家のような安心感が懐かしい。ちなみに、店名の由来は「サボる」ではなく、スペイン語の「SABOR=味・旨味」。隣の食事メニュー中心の「さぼうる2」はナポリタンが名物だ。
「昔は学生やサラリーマンばかりでしたが、今は6色あるクリームソーダのインスタ映えをねらって若い女性がよく来ます」と話す伊藤雅史店長も近くの大学に通っていたそう。
名物オーナーの鈴木文雄さんはあいにく不在でお会いできなかったが、「ここは夢を与える場所、自分が夢見る場所、よくそう言っています」(伊藤さん)
業界人も多く、学生時分、「さぼうるのファン」を公言する歌手のTさんを見かけたことがあった。その時は後年、月刊誌でTさんのエッセー連載を担当することになろうとは夢にも思わなかった。
ネルドリップのこだわりコーヒー
神保町交差点を渡ってすぐ、白山通り沿いの地下の「カフェ・トロワバグ」も1976年創業と古い。店主は母親の店を継いだ三輪徳子さん。オールドビーンズをじっくりネルドリップするスタイルは先代から変わらない。口にすると深炒りで濃く、後にかすかな甘みが残る。
「一杯でコミュニケーションできるのがコーヒーのよさ。淹れ方や淹れる人の状態で味が変わる繊細な飲み物です。冷めてもおいしいコーヒーを」と三輪さん。店名は三輪さんの名前をフランス語にした(三=trois+輪=bague) 。
「コーヒー道」の求道者的な顔を見せる一方で、「神保町の喫茶店で女性店主は珍しく、女性らしい心配りを大事にしています。店にいる短い間だけでもリラックスしていただければ」という店内は、ユリの花や絵画、赤いビロード地の木製イスが目を引き、落ち着いた雰囲気と静寂が時間を忘れさせる。
昭和3年築のスクラッチタイルの建物で
最後に珍しい場所でコーヒーを飲もうと、白山通りを南へ歩いた。大手出版社の集英社、小学館の巨大なビルの斜向かいに、それと対照的なレトロなスクラッチタイルの学士会館が立っている。
東京大学発祥の地に、旧7帝大の卒業生の親睦と交流を目的として昭和初期に建てられた。元は会員施設だったが、現在は会合・宿泊施設や飲食店は一般利用できるようになった。旧館のカフェ&ビアパブ「セブンズハウス」もその一つ。高い天井、クラシックな設えの店内でくつろいだ。
「館内はよくドラマや映画の撮影に使われます。時々、大学の建築科の学生さんも見学に来ますよ」と広報担当の庄司純さん。その言葉通りの重厚な内装にタイムスリップ感覚を味わう。
この界隈は100年以上前から学生たちが行き交う街だった。ここにも歴史の痕跡をまとう店がひっそりと隠れている。
文・写真/福崎圭介
施設データ
さぼうる
住所:東京都千代田区神田神保町1-11
℡03-3291-8404
住所:東京都千代田区神田神保町1-12-1 B1
℡03-3294-8597
住所:東京都千代田区神田錦町3-28 学士会館1階
℡03-3292-5935
(出典 「旅行読売」2018年12月号)
(ウェブ掲載 2019年11月12日)