富士山と駿河湾を望む好展望と宿場町【東海道 薩埵峠】

歌川広重の浮世絵に描かれた薩埵嶺(薩埵峠=さったとうげ)の風景と、東海道16番目の宿場・由比宿の景観――いにしえの面影を求めて10キロ超のコースを歩いた。起点の興津駅から東南へ、駅にすれば2駅分の行程だ。
興津駅の西、徒歩5分の潮屋で、休憩時の甘味補給として「宮様まんぢう」を買ってから出発。大正天皇が皇太子時代に食したというひと口サイズの酒まんじゅうだ。

ボランティアガイドの古牧資晟さんと、しばらくは国道1号沿いを歩く。興津川に架かる浦安橋を渡って左に鋭角に曲がると、「川越し」の跡の案内板があった。江戸時代、旧公民館の場所に川会所(かわかいしょ)があり、「越し札」を買って渡ったという。広重の浮世絵にも興津の風景として描かれている。
道幅が狭くなり、ようやく旧街道らしい風情が立ち現れてきた。1階の庇(ひさし)のすぐ上に屋根があり、2階がないように見える珍しい造りの民家は、街道を見下ろす窓を設けない、大名行列などを見下ろさない名残だという古牧さんの説明を聞いて納得した。
白髭(しらひげ)神社の分岐まで来ると峠へは150メートルほど急坂を上る。途中の墓地に休憩小屋とトイレがある。墓地を抜けると木立の中を階段状の急勾配の未舗装路が延びている。ここから峠道かと覚悟したが、すぐに右側が開け、駿河湾が見え隠れ。時折吹く海風が心地いい。上りは長くは続かず、約5分で薩埵峠に到着!
峠の道標が立つ程度で開けた場所ではない。だが、この先の展望所から眺める構図は、まさに広重の「薩埵嶺」。町の風景は違っても、切り立つ崖と駿河湾、遠景にそびえる富士山の景色は、旅人を江戸時代へと連れていってくれる。
古牧さんが「冬の晴天時はもっとくっきりと見えますよ」と言う通り、残念ながらこの日の富士山は冠雪もなく霞んで見えた。

右に海を眺めつつ、それほど起伏のない道を進むと、木を組んだ展望台が現れる。眼下に高速道路と一般道の立体交差が大きく見えるのが先ほどとは違う点だ。
5分ほどで幸田文(あや)文学碑と山之神遺跡碑が立つ駐車場に出て、ここから、右の斜面にミカン畑を見ながら舗装された道を下る。晩秋ともなれば深緑にオレンジ色が映えることだろう。
坂を下りきった所に立つ格子戸の日本家屋が望嶽亭(ぼうがくてい)藤屋。ここから先が宿場と宿場の間の「間の宿(あいのしゅく)」の集落で、藤屋は脇本陣・茶屋として文人墨客でにぎわった。官軍に追われた山岡鉄舟を逃した時に使った隠し階段が残り、鉄舟のフランス製拳銃を展示している。
由比の楽しみサクラエビ 潮風に吹かれかき揚げを
由比の楽しみの一つが、国内では駿河湾でしか獲れないサクラエビ。漁期は春と秋に限られ、秋は10月下旬~12月下旬だが、かき揚げなどは年間を通して食べられる。行列のできる「くらさわや」で昼食に味わった。主人の渡辺一正さんは「生食分と天日干し以外は漁期でも冷凍しますし、味は変わりません」と話す。「極力衣を少なくして、サクラエビ本来の甘みと香ばしさを味わえるように工夫しています」と渡辺さん。サクッという音からもおいしさが伝わってくる。かき揚げ1枚に40グラムのサクラエビを使っているという。
次の寺尾集落では、代々名主を務めていた小池邸がある。現存しているのは明治時代の建物だが、大戸、くぐり戸、なまこ壁等に名主の面影を見ることができる。
ここから由比駅までは約15分。駅前の「由比桜えび通り」には、由比の語源といわれる「結」をモチーフにした結び切りと巨大なサクラエビが載ったゲートがかかっている。通りにはサクラエビの料理や乾物を扱う店が点在している。
由比宿に入る前に、平安時代の格式「延喜式(えんぎしき)」に記された由緒ある豊積(とよづみ)神社に詣でた。古牧さんが境内のナギの木について、葉が切れないことから縁結びの木でもあると教えてくれた。
由比川を渡った所に、街道が鉤形(かぎがた)に曲がった桝形跡があり、ここからが由比宿だ。道の両端の歩道が石畳になっている。黒板塀の民家もあり、趣が感じられる。
本陣跡は1300坪と広く、現在は公園として整備され、敷地内に物見塔、井戸が残り、静岡市東海道広重美術館、由比宿交流館を併設している。
「浮世絵は傷みやすいので、1か月間で展示替えをして、照明も落としています」と学芸員の大和あすかさんが教えてくれた。館内では版画摺り体験も楽しめる。
この先、東の桝形跡まで来ると由比宿は終わる。そのまま次の蒲原駅まで歩いて帰路についた。蒲原や起点の興津にも宿場跡があるので、1泊2日でゆっくり巡るのもいいかもしれない。
文・写真/田辺英彦
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「東海道」とは?
江戸期に整備された五街道の一つで、将軍在所の江戸(日本橋)と天皇在所の京都(三条大橋)を結んだ幹線道路。箱根峠、薩埵峠、鈴鹿峠は三大難所として知られた。53の宿場は、十返舎一九が滑稽本「東海道中膝栗毛」に、歌川広重が浮世絵に描いた。
モデルコース(日帰り)
徒歩約4時間(約11キロ)
● 興津駅
↓徒歩1時間20分(3.6キロ)
● 薩埵峠(東海道標)
↓徒歩15分(0.6キロ)
● 山の神展望台
↓徒歩5分(0.2キロ)
● 幸田文文学碑・山之神遺跡碑
↓徒歩20分(1.2キロ)
● 望嶽亭藤屋
↓徒歩12分(0.6キロ)
● くらさわや
↓徒歩12分(0.6キロ)
● 小池邸
↓徒歩15分(0.7キロ)
● 由比駅
↓徒歩20分(1キロ)
● 豊積神社
↓徒歩16分(0.8キロ)
● 桝形(西)
↓徒歩4分(0.2キロ)
● 静岡市東海道広重美術館
↓徒歩35分(1.7キロ)
● 蒲原駅
(出典:旅行読売2015年11月号 ※初出記事を加筆訂正しました)
(WEB掲載:2022年4月●日)