堅牢な高石垣と大和平野の絶景
高取山の頂に残る太鼓櫓と新櫓の高石垣
日本三大山城の一つへ
岡山の備中松山城、岐阜の岩村城と並ぶ日本三大山城の一つ。標高約584㍍の高取山の頂に築かれ、南北朝時代に大和の豪族・越智那澄が築城した際は「かきあげ城(土をかきあげた手軽な城)」だった。
後に織田信長に仕えていた筒井順慶が再建し、豊臣秀長の家臣・本多俊政により、近世的城郭へと整備、拡張された。大小の天守に27の櫓、33の門を持つ白亜の美観だった。廃藩置県後に廃城令で天守などが取り壊されたが、石垣などの遺構が残っている。
起点は壺阪山駅。旧城下町のたたずまいを残す土佐街道を歩き、宗泉寺の分岐から山道へ。七曲りや急坂の一升坂など険しい登りが続く。二ノ門跡より城内だが、本丸までは約870㍍ある。国見櫓跡は眺望が抜群で、大和平野を一望できる。本丸へ至ると、見上げるほどの高石垣が残り、その迫力に圧倒される。
<問い合わせ>
高取町観光案内所 夢創舘
TEL:0744-52-1150
(出典「旅行読売」2021年12月号)
(ウェブ掲載2021年12月20日)