光秀が10年の時を過ごした北陸の小京都のにぎわいを再現 一乗谷
一乗谷朝倉氏遺跡全景(福井県観光連盟提供)
一乗谷は、越前(福井県)の戦国大名朝倉氏が、5代・約100年にわたり本拠とした一乗谷城とその城下。遺跡全体が国の特別史跡となっている。福井市内を流れる足羽川の支流・一乗谷川に沿って形成された谷で、朝倉氏時代には東西約500㍍、南北約3㌔の城下町が広がっていた。
天正元(1573)年、朝倉氏は織田信長によって滅ぼされ、一乗谷も火を放たれて灰燼に帰した。その後、一乗谷は忘れられた中世・戦国の城下町となっていたが、1967年頃から発掘調査が進められ、往時をしのばせるさまざまな遺構が発見された。現在、一乗谷朝倉氏遺跡には豪華な庭園跡が整備され、さらに復原された武家屋敷、町屋、職人屋敷、道路などの町並みによって、戦国時代の庶民生活を実感できる。
美濃から越前に逃れた明智光秀は、一乗谷から15㌔ほど北に位置する称念寺の一隅に一時、住まいを構えていたという。
文/安田清人
■一乗谷とは
一乗谷は越前の事実上の支配者である戦国大名朝倉氏の本拠。朝倉氏は越前一国を安定的に支配したほか、一乗谷を拠点に隣国の若狭、加賀、近江、美濃でも戦を繰り広げた。中世の代表的な「都市」としても知られ、戦国時代の城下町の町割や武家屋敷、町屋の痕跡などが残る。大量の食器や将棋の駒なども出土し、当時の生活文化を知ることができる。
■問い合わせ
一乗谷朝倉氏遺跡 復原町並
9時~16時30分/12月28日~1月4日休/220円(2021年4月1日から290円)/TEL:0776-41-2330(朝倉氏遺跡保存協会)/越美北線一乗谷駅から徒歩5分の朝倉資料館前からバス5分、朝倉館前下車すぐ/北陸道福井ICから国道158号経由5㌔
(出典 2020年臨時増刊「100名城さんぽ」)
(ウェブ掲載 2021年2月7日)