【伊東潤の 英雄たちを旅する】第16回 松平容保と会津若松

1965 年に外観復元された鶴ヶ城(会津若松城)は、赤瓦の屋根が特徴。天守内は博物館になっている
プロフィール
伊東 潤(いとう じゅん)
1960年、神奈川県横浜市生まれ。歴史作家。2013年、『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞、『巨鯨の海』で山田風太郎賞を受賞。過去5回、直木賞候補となる。近著に、敗れ去った日本史の英雄たち25人の「敗因」に焦点を当て歴史の真相に迫るエッセー『敗者烈伝』(実業之日本社)などがある。
幕末の激動期に藩主を継いだ松平容保
幕末から明治維新というのは激動期であり、時間の流れの速さについていけなかった人も多数いる。その典型こそ松平容保(かたもり)だろう。
1835(天保6)年、美濃高須藩主・松平義建(よしたつ)の6男として生まれた容保は、叔父にあたる会津藩主・松平容敬(かたたか)の養子になり、その後、家督を継ぐことになる。
会津藩は、3代将軍家光の弟・保科正之(ほしなまさゆき)を祖とする23万石の親藩大名で、藩祖の正之はその死に際し、「将軍家に忠勤を尽くすことだけを考え、他藩を見て己の身の振り方を判断するな。もし二心を抱く藩主がいれば、わが子孫ではない。家臣たちは従うな」という遺訓を残した。
それから200年余の歳月が流れて幕末を迎える。京都では尊王攘夷(じょうい)派の志士たちによる天誅(てんちゅう)が頻発し、無政府態に陥っていた。幕府は京都守護職という新たな職を設け、警察力ではなく軍事力によって治安を維持しようとした。そこで白羽の矢が立ったのが会津藩だった。藩主の容保は何度も固辞するが、最後は京都守護職に就任し、率兵上京を果たす。その先兵となったのが会津藩御預(おあずかり)の新選組だった。
しかし大政奉還から鳥羽・伏見の戦いへと、幕末の政局は目まぐるしく変わり、敗軍となった容保は会津に戻った。江戸を制圧した新政府軍が北上の途に就くと、容保は和睦の道を探る。しかしそれは叶わず、新政府軍は容赦なく会津盆地に攻め込み、会津戦争が勃発する。結局、会津藩は1か月余にわたる籠城戦を完遂した末、降伏開城する。1868(明治元)年の9月のことだった。
そんな悲劇の地である会津若松だが、今では東北有数の観光地として、多くの旅行者が訪れている。
会津若松の象徴といえば鶴ヶ城(会津若松城)だろう。5重5層の天守の美しさは姫路城にも匹敵するが、この天守は昭和に入って鉄筋コンクリートで外観復元されたもので、オリジナルではない。
鶴ヶ城の建築物は復元だが、中心部の石垣、土塁、堀などの遺構はよく残っており、お城好きでなくても楽しめる。また木造で復元された南走長屋と干飯櫓は必見だ。
城内から眺める表門、2001 年復元の南走長屋と干飯櫓
城の北には「歴史感動ミュージアム会津武家屋敷」がある。ここには妻子眷属(けんぞく)21人が集団自決した西郷頼母(たのも)邸(家老屋敷)、旧中畑陣屋、藩米精米所、会津歴史資料館などがあり、江戸時代の会津武士の暮らしを偲(しの)ぶことができる。また郊外の河東(かわひがし)町には、會津藩校日新館が復元されており、会津藩の厳格な武士道教育を知ることができる。さらに飯盛(いいもり)山には、白虎隊自刃(びゃっこたいじじん)の地がある。ここは若くして命を散らした白虎隊士19人が祭られており、会津戦争の悲劇を改めて思い知らされるだろう。
4月中旬~下旬に桜が咲く会津武家屋敷。食事処や土産処が隣接する
白虎隊十九士の墓がある飯盛山。中腹には国重文のさざえ堂もある
会津藩士の子弟が入学した會津藩校日新館は1987 年復元
福島県内で足を延ばせば、東北戊辰(ぼしん)戦争で凄惨(せいさん)な落城を遂げた二本松城や、白河口の戦いで激戦の舞台となった白河小峰(しらかわこみね)城もある。
東北戊辰戦争がいかに多くの悲劇を生み、死ななくてもよい人たちの命を奪ったのか、会津若松に行って知っていただきたい。
文/伊東 潤
写真協力/福島県観光物産交流協会
蔵や古い建物が立ち並ぶ七日町(なぬかまち)通り
英雄メモ🖋
松平容保(まつだいらかたもり)[1835 ~1893]
幕末の会津藩主。美濃高須藩主の松平義建(よしたつ)の6男に生まれ、会津藩主松平容敬(かたたか)の養子となり、9代藩主を継いだ。尊王攘夷運動が熾烈(しれつ)化した京都の治安維持を司る京都守護職となって公武合体論を唱え、禁門の変では長州藩の勢力を撃退した。大政奉還後は徳川慶喜(よしのぶ)とともに大阪に退去したが、鳥羽・伏見の戦いに敗れて江戸へ逃れた。その後、会津に戻って奥羽越列藩同盟の中心となり、会津戦争で鶴ヶ城の籠城戦の末に降伏。後に許されて1880(明治13)年に日光東照宮の宮司となった。
[鶴ヶ城への交通]
磐越西線会津若松駅から周遊バス20 分、鶴ヶ城入口下車徒歩5分
[観光の問い合わせ]
TEL:0242-32-0688(会津若松駅観光案内所)
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2024年5月号)
(Web掲載:2025年7月19日)