福地温泉の孫九郎でかけ流しの湯と音楽にひたる(1)
雑木林や岩に雪が降り積もる女性用露天風呂
奥飛騨温泉郷の古民家宿へ
北アルプスの山並みが間近に迫る奥飛騨温泉郷の中でも、標高1000㍍の福地温泉はとりわけ落ち着いた雰囲気がある。
福地へ続く道は、国道471号から外れて平湯川を渡り、緩い坂道を700㍍ほど下ると、再び川を渡って国道に戻る。この迂回路の間に11軒の宿が集まり、関係者や宿泊客しか通らない。だからひときわ閑静なのだ。通りに掲げられた屋号の看板のデザインも統一され、温泉街としてコーディネイトされている。
良質な宿が多い福地温泉の中でも、湯元孫九郎を選んだ理由は、2015年に建物をリニューアルしたばかりなのと、温泉の利用法にこだわり福地では珍しいにごり湯であること、1万円代後半という比較的リーズナブルな料金の3点だった。
「平家の落人伝説が残る古い集落ですが、温泉街としての歴史は昭和30~40年代に始まります。農家が多かった村に、当時の首長が『観光の時代が来るから』と旅館業を斡旋。先代の私の義父もその言葉に乗り、昭和43(1968)年にこの宿を始めました。最初は迂回路という立地に苦労したそうですが、隠れ家感という意味で結果的によかったかもしれません」と、2代目社長の沖本啓介さんは温泉でいれた昆布茶を勧めながら話してくれた。
受付と食事処にあたる本館は旧上宝村にあった150年前の古民家を移築、増築したもの。上がり口の先に炭火が赤々と燃える囲炉裏が置かれ、イスやテーブルは地元の飛騨産業や柏木工のデザイン性の高い木工品をさりげなく配している。古箪笥(だんす)に飾られた蓑(みの)や獅子頭(ししがしら)も目を引いた。
沖本さんの出身地が高知と聞いて驚いたが、学生時代を過ごした東京で先代の長女と知り合って結婚、養子に入る形で孫九郎を継いだ経緯を話してくださった。
“よそ者”だからわかる源泉の価値
「外から見える部分もあります。例えば、温泉の利用法。地元の人は温泉があるのが当然で、湯量豊富で熱いからどんどん水を加えていた。でも成分、効能が薄まるのはもったいない。何とかできないかと考えました」(沖本さん)
沖本さんは源泉100%にこだわり、リニューアル時に内湯棟を新設。80度の源泉を熱交換器で適温にして湯船に注ぐ一方、これによって生じた温水を暖房や給湯に利用するシステムを確立した。
ヒノキ造りの湯船に入ると、ナトリウム-炭酸水素塩泉の湯は細かな茶色い湯の花がまざり、わずかに鉄気臭があった。毎分150㍑の湯をかけ流し続けており、湯はオーバーフローで酸化せずに透明のまま。弱酸性で肌や髪に優しく、柔らかだが強さも感じられる浴感。新鮮ゆえに湯口から直接泉飲できるのも珍しい。
にごり湯の雪見露天風呂
露天風呂は、裏口を出てすぐにある。自家源泉4本のうち温度の異なるものをブレンドしてかけ流し。単純温泉なのでクセがないかと思いきや、硫黄分、鉄分が反応して日によって緑白色や緑褐色に濁るユニークな湯だ。
20人ほどが入れる開放的な岩造りの湯船の周りに杉、桜、アジサイ、イチョウ、モミジ、カツラが植わり、その先に福地山や大木場の辻の稜線が覆い被さるように延び、四季それぞれに美しい風景を見せる。冬は一面雪に染まり、寂獏とした世界が広がった。
入浴手形6枚を使った湯巡りも福地温泉の楽しみ。フロントで購入すれば、湯元長座など有名宿の風呂にも入れる。