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【「旅行読売」創刊60周年記念】旅のエッセーコンテスト 第1回 旅と人 

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【「旅行読売」創刊60周年記念】旅のエッセーコンテスト 第1回 旅と人 

ダナン国際花火大会が行われるハン川に架かる「ドラゴンブリッジ」( 写真/ピクスタ)

受賞者:大阪府貝塚市 花園メアリーさん

「旅で見た一番美しいもの」

もう若くはないのだし、という自分でもよく分からない理由で、一人旅でベトナムのダナンへ国際花火大会を見に行った。世界各国のチームがそれぞれ個性ある花火を音楽に合わせて披露し、優勝国を決めるというゴージャスな花火大会を堪能したあと、日本への帰国便に乗るため、ダナンからホーチミンにローカルな寝台列車で移動するとき、ひどい体調不良に襲われた。

心当りなら……、ありすぎる。

慣れない食べ物に、信じられないぐらいの暑さ、そして、氷を入れて浴びるように飲んだ大量のビール。

チェックアウトの時間が迫りくる安ホテルのベッドの上で、私はまるで、リングに倒れてスリーカウントを聞いているプロレスラーの気分だった。ここで立ち上がれなければ、私にとっては決して格安ではない格安航空券がパーになる。それだけは、どうしても避けたかった。

幸い寝台車は一等を予約していたので、ホーチミンまでの二十二時間は横になっていられた。二リットルのペットボトルの水を抱えて、私は息もたえだえにホテルから駅にたどりつき、一等とはいうものの簡素で古びたベッドへと倒れこんだ。

一等寝台の個室には上下段四つのベッドがある。相部屋になったのは、三人の幼い娘を連れたベトナム人の若い母親だった。上の二人は小学校低学年ぐらいで、一番下の子はまだ幼稚園児だろうか。「ハロー」とあいさつをしてみたが、英語は話さないようだ。私もベトナム語は分からない。だが、四人の温かくて優し気な雰囲気に、私はすっかり安心しきって横になった。まだ、私は運に見放されたわけではないと思った。騒がしく酒盛りをするような同室者じゃなくて本当に良かった……。

体調不良はしつこく続いた。楽しみにしていた車窓の景色など眺める余裕もない。私は水をちびちび口にしながら、ひたすら横になって寝つづけた。

夜中にふと目を開くと、向かいのベッドの上段からベトナム人の若い母親が心配そうに私を見つめていた。もしかすると彼女は、この外国人の中年女性はベトナム語も話せないくせに、なんだってひとりでローカルな寝台列車になんか乗っているんだろう、と思っているのかもしれなかった。私は少し恥ずかしくなった。

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ベトナムの寝台列車。夜行列車のルートも多く、ハノイ~ラオカイ、ハノイ~ダナン、ダナン~ホーチミンなどを結ぶ (写真/ピクスタ)

目が覚めると、母娘は朝食のカップヌードルをすすっていた。パッケージはいかにも辛そうだが、匂いはおいしそうだ。

私が体を起こすと、若い母親はカップヌードルをひとつ差し出し、食べないか?と身振りで勧めてくれた。私が「ノー、ノー、サンキュー」と首を横に振りながら言うと、彼女はうなずいて、子どもたちと一緒に黙々と朝食をすませた。

それから、何かを思いついたという顔をして、若い母親は大きなナップサックの中から、お菓子の袋をひとつ取り出し、私に差し出した。そして、ちょっと待てとでもいうように、パッケージを入念に調べ始めた。何かを探しているようだ。

彼女は、ベトナム語のパッケージに唯一英語で書かれた「キャンディ」という言葉を探していたのだ。うれしそうに、その箇所を指でさしながら、彼女はニッコリ笑って、私の手に袋を渡した。そして、あなたにあげる、と身振りで伝えてくる。

「ああ、キャンディ、キャンディね。サンキュー」と私も笑顔で答えた。

食欲はないが、躊躇(ちゅうちょ)なく封を開け、ひとつつまみ出す。キャンディというよりは、雷おこしみたいなお菓子だった。口に入れようとする私のようすを、四人は息をつめて見守っている。「気に入るだろうか」と心配しているのだ。

お菓子を口に入れた私は、少し大げさなくらい喜んでみせた。ねっとりした食感の素朴なお菓子はとても甘かった。

「おいしい。ベリーグッド」と笑顔で言ったとたん、母娘四人はホウッと息を吐き、まるで一斉に花が咲いたように笑った。

それがあまりにも純粋で美しかったので、私はとても心を打たれた。豪華な花火よりも、見逃した車窓の景色よりも、もっと美しいものを私は見てしまったと思った。


◎ コンテスト講評◎

多くの応募作品の中で、最も光っていた印象です。旅先での出会いとやり取りを、目に浮かぶような情景描写でつづっています。タイトルと書き出しの伏線を見事に回収しているのにもうならされました。「旅と人」のテーマにぴったりの素敵な物語でした。
《編集長・山脇幸二》

【応募方法】

旅のエッセーコンテスト
月刊「旅行読売」はさまざまな旅を文章にしてきた媒体として、読者の方にも旅の感動を文章で伝えていただきたいと考え、創刊60周年記念「旅のエッセーコンテスト」を開催中です。第1回(3月号)、第2回(6月号)、第3回(9月号)、第4回(12月号)とテーマを変えて作品を募集。旅のエッセー賞(1点)を選び、旅行読売本誌、当メディア「たびよみ」に掲載する予定です。プロ・アマ問わず参加できます。あなたの記憶に残る旅の感動、驚き、発見を、ぜひ文章で表現してください。

詳しくは「旅行読売」本誌をご覧ください。月刊「旅行読売」は全国の書店またはこちらの当社直販サイトで送料無料でお求めいただけます。

(出典:旅行読売2026年3月号)
(Web掲載:2026年3月4日)


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