夫婦の旅のスタイルはさまざま、富士レークホテル~車イス旅行記~
「お互い、これからもよろしく」と笑顔で乾杯
「気ままな夫婦旅とはいかないけれど、それでも旅に出たい。昔から二人で旅を重ねてきたから、これからもずっと……」
脳出血の後遺症で右半身が不自由になり車イス生活となった小野薫さんと妻の真美子さんは笑顔で話す。
「私は富士山が大好き。見るたびに元気をもらえるから」と真美子さん。秋も深まり空気も澄んだ河口湖畔から富士山を眺めたくて、1泊2日の夫婦旅に出かけるという。宿は山梨県河口湖温泉の富士レークホテル。車イス利用者でも快適に過ごせると評判のホテルだ。体が不自由な旅行者にとって本当に必要なことは何なのかを知る機会でもあると思い、同行した。
最寄りの千葉県、津田沼駅から総武線、中央線特急、富士急行線を乗り継いで河口湖駅までは約3時間半。体に負担がかからないかと心配したが、疲れた気配は一切なかった。中央線特急、富士急行線特急には車イス用スペースがあったこともその一因だろうか。津田沼駅で河口湖駅までの乗車券、指定席券を見せると、係員が途中の乗り換え駅に連絡をしてくれ、乗り降り、乗り換えの手助けも万全。おいしそうに駅弁を頬張る姿がほほ笑ましかった。
ホテルの送迎者は後部座席がせり出す福祉車両
河口湖駅に着くと、富士山を目当てにやってきた外国人の多さに、「まるで海外旅行に来たみたい」と真美子さんは目を丸くする。待つこと数分で到着したホテルの送迎車を見てまたびっくり。後部座席のシートが電動で車外までせり出して乗り降りできる福祉車両がやって来たのだ。
チェックインを済ませて客室へ入るまでも、段差は全くないバリアフリー設計。二人の笑顔が絶えることはなかった。
「綿密に計画を立てていても予想外のことが起こるのよ。スロープ完備と聞いていても、その角度があまりに急で、車イスを押せなかったこともある……。でも今回は完璧。昔のように、少しは気ままな気分にひたれたかしら」
真美子さんの言葉に、薫さんもうなずく。
1932年創業の富士レークホテルは富士五湖リゾートの草分け的存在で、全国に先駆けてバリアフリー化に取り組んできた宿でもある。現社長の井出泰済さんが、「これからは福祉の時代」と考えバリアフリー客室を整備したのは1999年のこと。今では全客室の3割、23室までに増やし、眺望や広さ、浴室の違いなど7タイプがある。
夫妻が案内されたのは、42平方メートルの洋室、コーナールーム。二つのベッドは、頭と足の部分に加え高さも変えられる3方向リクライニングベッドだ。客室の風呂も温泉。湯船に入れない人のために、座ったままでシャワーを浴びられる“座シャワー”もある。
入浴介助用リフトを使って心から温泉を満喫
「旅の一番の楽しみは温泉」という薫さん。客室の風呂はもちろん、2.4㍍×1.7㍍と広い湯船がある「レークビュー貸切風呂」も楽しんだ。ここでまた真美子さんが驚く。入浴介助用のリフトがあり、車イスからリフトに移乗して、真美子さんがリフトを操作。軽々と湯船の縁を越えて温泉へ。“ざぶん”と言っては大げさだが、「温泉宿ならではの開放感は抜群だね」と、薫さんの満面の笑みに、こちらまでうれしくなる。
「リハビリを頑張ったからこうしてまた旅行ができるのよ。最初は電車に乗るだけだって、どれだけ大変だったことか……」と真美子さん。そんな苦労を洗い流すかのように薫さんの肩に湯をかける姿に、「いい夫婦」という言葉しか思い浮かばない。誰もが使いやすい施設が、もっともっと増えることを願う旅となった。
施設データ
富士レークホテル TEL 0555-72-2209
https://www.fujilake.co.jp/
(出典 月刊「旅行読売」2017年12月号)
(掲載 2019年10月1日)