桜守・16代目佐野藤右衛門「姥桜になってや!」
佐野藤右衛門(さの とうえもん)
1928年、京都生まれ。庭師。1832年の創業から京都仁和寺の造園工事に携わってきた「植藤造園」の16代目当主。ユネスコ本部日本庭園や京都迎賓館庭園などを手がけた。祖父の代から全国の桜の調査を始め、3代にわたる国内外の桜の育成の成果を「さくら大観」「京の桜」にまとめる。著書に「桜のいのち庭のこころ」「桜守のはなし」など
いわく因縁故事来歴があるからおもろい一本桜
造園家・植木職人として数多くの桜を育て、各地の桜を見守ってきた佐野藤右衛門さんを、人は「桜守(さくらもり)」と呼ぶ。佐野さんにとって、この花はどんな存在なのか、どんなふうに見えるのか。2015年初春、京都右京区山越にある植藤造園で話を聞いた。
なぜ桜か? 植木屋をやりながら、たまたま桜というものにこだわっただけ、趣味が高じただけですわ。男である以上、女を求めますやろ。それと同じこと。実際に触れおうていくと、わからんものが見えてくる。それを追うていくと、なんぼでもわからんことが出てくる。やればやるほどおもろいということですわ。
ヤマザクラ、ヒガンザクラ、オオシマザクラ、この3系統は日本に昔から自生しとったんです。今残っている樹齢数百年の古木はこのどれか。これらの種は勝手に交雑するから何が出てくるかわからへん。目に付かんところで突然変異やら何やらいろんなことが起こる。
その場所の土地柄とか文化を学んでから行くと、もっと深みのあるおもろいことを発見できるんですわ。例えば、ヤマザクラを見るために山登りする。仮に標高300㍍~400㍍の地帯に桜が、その上に白い花が咲いている。白い花はコブシですわ。なぜ桜は上にいかないか。鷹などの猛禽類がおって、花粉を媒介する小鳥の生息範囲がそこまでやから。植物は鳥や昆虫を媒介して交雑する。そういう植生の変化も見たほうがおもろい。
エドヒガンの根尾の淡墨(うすずみ)桜(岐阜)も、実物は樹齢1000年を超えるだけの風格がありますわ。三春滝桜(福島)、石割桜(岩手)、一心行の大桜(熊本)もそう。どれもいわく因縁故事来歴があり、表情がある。だからこそ、多くの人がその1本を見に来るんと違いますか。「ごきげんさーん」「しばらくやったな」と会いにゆく。野生種は交雑して、その土地になじむように種から自分で体を作り、あらゆるものに耐えてそこにおるわけやから、力強さがあるんです。
ただし、桜の古木は精気と同時に妖気もあるんやね。こんなことがありました。ある墓地の樹齢数百年の桜が枯れて、見にいったんですわ。根を見るために土を掘ると、にわかにブワッと曇ってきて雪が降り出した。「怖っ」思て急いで帰ると、翌朝お岩さんみたいに、顔半分に吹き出ものが出た。洗い米と塩をもって桜のところに謝りにいったらスーッと収まった。不思議な話やね。ご神木といわれるような木は魂が宿っとるんと違いますか。説明できない力を感じましたわ。
その点、150年くらいの歴史しかないソメイヨシノ(※注1)は面白味に欠けます。今残っているソメイヨシノは明治以降のもの。人間が接ぎ木で増やした園芸品種だから、どれも同じで表情がない。ただ桜を見に行くんやったら近所の公園でええと思いますね。
花は月に向かって咲きまんねん
昔の日本ではあちこちに桜が自生していて春が感じられたもんです。「種蒔き桜」というように農作業の目安にしていたくらい。今は「町」「里」「山」の、「里」がなくなってしもた。「町」と「山」の間の「里」には鳥と虫がおって、きれいな水が流れていたもの。いろんなもんが競合しつつ、最後に融合して一つの森を形作っていましたわ。今の人間は競合も融合もせず一人で立とうとしている。自然の摂理の中で桜だけではどうにもなりまへん。鳥も虫も水も必要なんです。
西行法師の「願わくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月の頃」は好きな歌。如月(2月)は旧暦で、今の3月です。古い夜桜の絵画に必ず望月(満月)が描いてあるのは願望ではなく、事実なんやね。花は月に向かって咲くんです。日本人の「本心」、精神的なものの中に組み込まれているのは、その土地に根付いた古い桜なんやと思います。
全国いろいろな桜を見て回りました。思い出深い桜の一つに、御母衣(みぼろ)湖の荘川桜(岐阜)があります。「桜博士」の笹部新太郎さん(※注2)がかかわってはって、当時存命だったうちの親父に声をかけて、一緒に行きました。ダム湖に沈む運命の荘川村からヒガンザクラの巨木2本を引き上げて移植。一時、枝葉を失った老桜が新芽をつけた時、「これは村人たちの精気、願いをもらって戻ったんや」と思いました。ようついたなあと。やはり科学では説明しきれん力があるんやね。今でも毎年、花期以外に様子を見に行きます。花はあくまで去年の結果で咲くわけやから。
なんやかんやいうて、姥桜(うばざくら)が最高や思います。桜の幹は長い年月を経て朽ちてしわくちゃになる。それでも、わずかに残った枝に花を咲かす。その花が色気から色香に変わる。色気は誰にでも出せるけど、色香はなかなか出せまへん。しわくちゃな幹に風格が出て色香になる。色香が感じられる桜はほんまにええ。だから、よく女の人に「姥桜になってや!」いうんです。
聞き手/福崎圭介
※注1 ソメイヨシノ……江戸末期に江戸の染井村でエドヒガンとオオシマザクラの交配で生まれたとされる園芸種。接ぎ木で人工的に増やすため全国のソメイヨシノはすべて同じ遺伝子のクローンで、その同一性から開花予報の基準になっている。
※注2 笹部新太郎(1887年~1978年)……桜研究家。ヤマザクラなど桜の日本古来種の保護育成に尽力し、「桜博士」といわれた。水上勉の小説「櫻守」のモデル。
(出典 「旅行読売」2015年4月号)
(ウェブ掲載 2020年2月28日)
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