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運転再開した箱根登山電車の旅

場所
> 箱根町
運転再開した箱根登山電車の旅

早川橋梁を渡る箱根登山電車

青いロマンスカーで箱根へ

7月23日、箱根登山電車が再び走り始めた。昨年10月の台風により、箱根湯本-強羅駅間の沿線20か所で倒木や土砂崩れがあり、約9か月も運休していた。再開予定は2020年秋だったが、「積雪が例年より少なく復旧工事が順調で、夏前に再開できました」と、同鉄道総務部の古谷剛士さんは喜びを隠せない。

そんな箱根登山電車の元気な姿を見たかった。起点となる箱根湯本駅は、新宿駅から小田急ロマンスカーで約1時間20分。“青いロマンスカー”こと「MSE60000形)」なら、東京メトロ千代田線内に乗り入れている。東京駅に隣接する大手町駅からも乗れるので、便利な人も多いだろう。

箱根湯本駅に着いた“青いロマンスカー”
箱根湯本駅に着いた“青いロマンスカー”

深山に響く琵琶の調べ

今回は“箱根の魅力再発見”を掲げ、途中下車を楽しむのが目的。まず向かったのは、箱根湯本駅からひと駅、塔ノ沢駅から裏山を20分ほど上がった山中にひっそりとある阿弥陀寺。第38代住職・水野賢世さんの琵琶説法を聞ける山寺だ。

「琵琶を習い始めたのは58歳からで、寺おこしのためです。檀家は数えるほどの貧しい寺でしたから」とほほ笑む水野住職だが、これまでの苦労は大変なもの。24歳で入山、麓からの参道を整備したり、境内にアジサイ6000株を植えたり。高血圧や胃がんなどの病気も乗り越えてきた。

寺存続の財源確保に、あの手この手と実行したどり着いたのが琵琶。「耳なし芳一」の映画に感動したのがきっかけという。67歳の時に日本琵琶楽協会の日本琵琶楽コンクールで優勝し、77歳の今も高音で張りのある弾き語りは迫力がある。「あきらめないことが大事」との住職の思いをのせ、深閑とした山に琵琶の調べが響く。

琵琶説法を聞いた人は手作りマスクと絹の巾着をもらえる。また手書きの御朱印には唄や名言などその時々に異なる文言を添えてくれる。そんな水野住職の優しさが心に染みた。

本堂で琵琶説法を行う水野住職
本堂で琵琶説法を行う水野住職
阿弥陀寺の御朱印。この日の文言は「和心」
阿弥陀寺の御朱印。この日の文言は「和心」

きしむ音に癒やされて

塔ノ沢駅を出た箱根登山電車は、“天下の嶮”と唄われる箱根の山を上がっていく。12.5㍍進む間に1㍍も高さが変わる急勾配だ。車窓一面に山々が広がり、「箱根って、こんなに山深かったのか」と今更ながら驚かされる。

視界が開けたかと思うと、そこは早川橋梁(通称・出山鉄橋)。高さ43㍍、敷設工事で最大の難関だった所。第1次世界大戦下の物資不足の時代、鉄道院払い下げの東海道線・天竜川橋梁の一部を転用してできた。昨年の台風による被害はなく、遡ること関東大震災の時も無傷だったという。

山肌を縫うように走るため曲線も多く、車輪とレールのきしむ音が響く。「この音が聞けてこそ登山電車」という思いは強い。

「摩擦防止に、車輪とレールの間に水をまきながら走ります。天候などに応じ、運転士が手動で操作します」と前出の古谷さん。散水タンクは車両の前後にあり、各350㍑。箱根湯本-強羅駅の1往復で空になることもあるそうだ。

Z字を描くように前進後退を繰り返して急勾配を走るスイッチバックが3か所あるのも特徴だ。大平台駅を出て上大平台信号場で3回目のスイッチバック。この先に大平台隧道、大沢橋梁があり、共に台風被害が大きかった。沢から流れ落ちた大量の岩々で橋梁の一部が埋まり、隧道内に流れ込んだ水にレール下の砂利が流された。今は整備を終えている。

大平台駅近くでスイッチバックする箱根登山電車
大平台駅近くでスイッチバックする箱根登山電車

個性に富むパンの数々

宮ノ下駅に到着。715日にグランドオープンした富士屋ホテルをはじめ、明治時代に外国人の保養地として栄えた温泉街だ。明治・大正期の建物は今なお多く、ノスタルジックな雰囲気を感じる。

ランチ用に、温泉街にある渡邊ベーカリーでパンを買った。丸いフランスパンの中にビーフシチューを入れた温泉シチューパンが名物だが、半熟卵が入ったばくだんカレーや、梅干あんぱんなど、どれも個性的でおいしそう。

「パンはキャンバス、遊び心が大切だからね。今も、芦ノ湖をイメージしワカサギ姿のクリームパンを焼いたところ」と5代目主人・渡邊貞明さん。個別にビニール梱包し衛生面で安心なうえ、持ち運びやすいのもありがたい。

自慢のパンを手にする5代目主人・渡邊貞明さん
自慢のパンを手にする5代目主人・渡邊貞明さん

涼を楽しむ水辺散歩

パン持参で向かったチェンバレンの散歩道は、早川渓谷沿いに広がる約1.5㌔の散歩道。郵便局の横から坂を下り、道なりに右へ左へ。夢想橋を渡ると今度は上り道。水辺の湿気で苔むした岩々が多く、木漏れ日に照らされ様子が幻想的に映る。

途中、芝生広場に木製ベンチがあり、ここでランチタイム。見下ろす渓谷は深く、滝廉太郎作曲の唄「箱根八里」にある“千仞の谷”を思わせる。後半の見どころは、堰堤で飛沫を上げる渓流を見渡すつり橋。涼味豊かである。

チェンバレンの散歩道で人気のつり橋
チェンバレンの散歩道で人気のつり橋

共同湯で地元客と交流

散策後は、宮ノ下交差点そばにある太閤湯でひと風呂。自治会で運営する共同湯で、基本的に地元客向けながら観光客も利用できる。小さめな湯船に自然湧出する自家源泉をかけ流す。弱アルカリ性のナトリウム-塩化物泉で、泉温は約64度と熱い。

「水で調節しながら入りますが、薄め過ぎに注意。みんなで利用する湯だからね」と管理する杉﨑明美さん。マナーを守りながら、地元客との交流を楽しみたい。

太閤湯の内湯(写真は男性用)
太閤湯の内湯(写真は男性用)

箱根の甘い新名物

さっぱりしたところで、電車に揺られ箱根湯本駅へ戻る。泊まり客が宿へ急ぐ夕暮れの駅前は喧騒も去り、ロマンスカーに乗る前にのんびりと土産探し。おしゃれな雰囲気に誘われ「箱根てゑらみす」の暖簾をくぐった。

6月5日にオープンしたスイーツ店で、イチゴや抹茶など5種のティラミスなどを売っている。ティラミスの小瓶は、箱根発展に尽くした渋沢栄一の似顔絵入り。味ごとに異なる淡い上品な彩色は、再発見ならぬ“彩(さい)”発見。迷わず土産に決めた。                

文/松田秀雄

箱根てゑらみすのスタッフさん
箱根てゑらみすのスタッフさん
ティラミスの瓶に描かれたイラストもかわいい
ティラミスの瓶に描かれたイラストもかわいい

<問い合わせ>

阿弥陀寺

TEL:0460-85-5193

渡邊ベーカリー

TEL:0460-82-2127

箱根てゑらみす

TEL:0460-85-5893

 (出典 「旅行読売」20209月号)

(ウェブ掲載 2020727日)

Writer

松田秀雄 さん

全国を取材で巡ること約30年。得意なテーマは「温泉」で、北海道・稚内温泉から沖縄・西表島温泉まで500湯・2000軒以上は訪れている。特に泉質は硫黄泉が好きで、湯上りに体を拭かず自然乾燥させるのがモットー。帰宅後、体に付着した硫黄成分が湯船に染み出して白濁する様子を見るのが好き。最近は飲泉への興味が強く、「焼酎割に適した温泉は?」を掲げて最高の一杯を探し中。旅行読売出版社・編集部に所属。

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