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丸沼畔の秘湯を染める紅葉絵巻

場所
> 片品村
丸沼畔の秘湯を染める紅葉絵巻

丸沼の紅葉は色とりどり

静寂を楽しむ湖畔の一軒宿

湖面に、ほとりの木々が映っている。風が立つと木々はそよぎ、揺らぐ湖面に木々も身をくねらせる。秋深まれば葉は赤や黄に装いを変え、湖面をキャンバスに色彩の妙を楽しませてくれるだろう。

太公望ひとり、腰まで沈めてさおを操りながら魚を誘っている。興味があるわけではないが、無意識に視線はそちらへ。何を思うわけでもない。喧噪を離れ、ただ静かに過ごしていたいだけ……。

ここは群馬県片品村。栃木、新潟、福島県と接する山深い地で、尾瀬の玄関口といえばイメージしやすいだろうか。そんな村の東部最奥にあるのが、冒頭の丸沼。日光白根山の噴火溶岩流によるせき止め湖で、周囲2㌔ほどと小さい。

一帯はシラカバ、ダケカンバ、ブナなどの原生林。グリーンシーズンは木々の判別が難しいが、9月下旬~10月下旬の紅葉シーズンともなれば彩りで自己主張する。混在する様子を思い浮かべると、唱歌「紅葉」にある一節「山のふもとの裾模様」と重なってきた。

「初めは黄色が多いですね。ダケカンバが一帯を染め、時期が遅れてカエデなどが赤色を添えます。時に初冠雪と重なると、雪が色彩を引き立ててくれます」

そう話すのは、ほとりに立つ環湖荘の支配人代理・宇津一喜さん。国道を離れ、2㌔ほど林間へ入った行き止まりにある一軒宿だ。

山々に囲まれて立つ環湖荘
山々に囲まれて立つ環湖荘

文豪らも魅せられて逗留

環湖荘の創業は1933年で、昔ながらの湯沢館と、2001年に改築した丸沼館の計42室。秘湯のひなびたイメージとは遠く、車寄せのある建物に風格を、またステンドグラスや彫刻で飾る玄関に美へのこだわりを感じる。

歴史は大正初めに遡る。政財界人らが名を連ねる親睦団体「東京倶楽部」の中で、釣り好き有志が丸沼の魅力に引かれ、丸沼鱒釣会を結成。釣りを楽しむために、丸沼畔に別荘まで建てた。それが環湖荘の前身という。

今も1週間ほど滞在する常連は多く、かつての文豪もしかり。幸田露伴や井伏鱒二、開高健なども定宿とし、幸田露伴はここを舞台に小説『対髑髏』を残している。

丸沼を眺める丸沼館の客室
丸沼を眺める丸沼館の客室

かけ流し湯はニジマスと一緒

潤沢な温泉は、客を引き付ける魅力の一つである。20人以上は入れる内湯2か所と二つの家族風呂へ、毎分220㍑湧く源泉をかけ流し。加水なし、加温なし。洗い場のシャワーも源泉だ。

「それでも半分は使いきれず捨てています。昔は調理場でも源泉を使っていましたが、食器洗浄機を導入してから湯の花に困って、裏山の湧水に変えたんです」と宇津さんが教えてくれた。

内湯は時間帯で男女入れ替え。一方は浴室内に水槽があり、ニジマスが泳いでいる。丸沼を望めないのは残念だが、壁一面の窓枠を額縁とする絵のようなダケカンバやシラカバの様子に心和む。かけ流しとはいえ、客のチェックアウト後に湯をすべて抜き毎日清掃する。次の客のために、新鮮な源泉で迎える準備を怠らない。

大きな水槽のある「虹マス風呂」
大きな水槽のある「虹マス風呂」

滋味あふれる夕食の品々

夕食は、作り手の思いが詰まった品々。ヤマメの炭火焼き、ヤシオマスの刺し身、マイタケの天ぷらなどなど、地元で採れた産物を使った料理を味わえる。締めのご飯は「白米」か「マイタケご飯」を選べたが、迷わず「マイタケご飯」を選んだ。

夕食後にまた風呂につかりながら、宇津さんの言葉を思い出した。「満天の星に驚きますよ。月明かりに浮かぶ丸沼の雰囲気もすてきです」と。だが、この日は雨。次回の来湯の楽しみとした。

客室へ戻り、窓外を眺めた。とはいえ、どこまでも黒一色。暗闇に慣れてくると、雨に潤う木々の葉が黒光りするような、艶やかな姿がなんとなく感じられてきた。こんな経験も、ほかに人家がない秘湯だからこそ。“無”という絶景を見ている思いである。

夕食の一例
夕食の一例
天候に恵まれると見られる丸沼の星空
天候に恵まれると見られる丸沼の星空

貸し切りキャビンで空中散歩

翌日の観光には、環湖荘から車で7分ほどにある日光白根山ロープウェイがおすすめだ。新型コロナウイルスの感染対策から、定員8人のキャビンは相乗りなしで貸し切り運行している。

標高2000㍍にある山頂駅まで、標高差600㍍を所要15分で結ぶ。眼下から頂まで一面に木々が生い茂るものの、標高差によって色付く時期が違うため“紅葉樹海”とはならない。逆に、秋はいつ来てもどこかで紅葉に出合える。

山頂駅を出ると、展望台に「天空の足湯」がある。天候に恵まれれば、浅間山や草津白根山、苗場山などの、涅槃像のような神々しい稜線を湯につかりながら見渡せる。丸沼を“静”とすれば、奥へ奥へと折り重なって波打つような稜線は“動”。どちらも華やかな秋の訪れが待ち遠しい。

文/松田秀雄

標高の違いで様々な紅葉を楽しめる日光白根山ロープウェイ
標高の違いで様々な紅葉を楽しめる日光白根山ロープウェイ

<問い合わせ>

環湖荘

☎0278・58・2002

日光白根山ロープウェイ

☎0278・58・2211

 (出典 「旅行読売」2020年10月号)

(ウェブ掲載 2020年8月27日)

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Writer

松田秀雄 さん

全国を取材で巡ること約30年。得意なテーマは「温泉」で、北海道・稚内温泉から沖縄・西表島温泉まで500湯・2000軒以上は訪れている。特に泉質は硫黄泉が好きで、湯上りに体を拭かず自然乾燥させるのがモットー。帰宅後、体に付着した硫黄成分が湯船に染み出して白濁する様子を見るのが好き。最近は飲泉への興味が強く、「焼酎割に適した温泉は?」を掲げて最高の一杯を探し中。旅行読売出版社・編集部に所属。

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