【出港!海の旅】昔日の青函連絡船の面影を探して、津軽海峡を渡る(1)
津軽海峡フェリーの後部デッキに立ち、津軽海峡を渡る風を全身に受ける。遠くに横たわるのは下北半島
近代的な青森フェリーターミナルから、いざ出港!
晴天の津軽海峡は凪いでいた。今は初夏。あの名曲に歌われた悲壮感は微塵も感じない。「海鳴り」も聞こえなければ、「こごえそうな鴎」もいない。ましてやあの「青函連絡船」は、青函トンネルの完成をもって1988年に廃止されている。しかし青森と函館を結ぶ「青函航路」は健在だ。その現状と連絡船の歴史、面影に触れたくて青森を訪ねた。何よりも津軽海峡を船で渡りたかった。
現在、青函航路には津軽海峡フェリーと青函フェリーの2社が就航している。今回乗船したのは大型フェリー4隻を所有する前者だ。船は全長約144㍍、総トン数8820トン~8851トン、旅客定員数583人、トラック71台または乗用車230台を積める。
乗船場の青森フェリーターミナルへは、東北新幹線新青森駅からルートバスで10分。かつての青函連絡船時代、「列車で青森駅に着いた旅人は、我先にと隣接する乗船場を目指して走った」というエピソードは、遠い昔の出来事である。
下北半島、津軽半島に見送られ、津軽海峡を北へ
近代的なフェリーターミナルから出港した津軽海峡フェリーは陸奥湾を北上して津軽海峡を横断し、函館湾に入る。113キロ、3時間40分の海の旅だ。出港後しばらくは、津軽半島に沿って陸奥湾を北上。大型船だけに揺れも少ない。「東に下北半島、西に津軽半島、北を見るとうっすらと北海道。ずっと陸が見えていて安心感もあるのがこの航路の特徴です」と船長の齊藤邦彦さん。「時化る場所は限られているから、揺れるとしても短い時間」と言う。
竜飛崎が見えるのは航路の中ほど。逆光にきらめく海上に浮かぶそのシルエットは思いのほか小さく遠かったが、船上から見る「北のはずれ」に不意に寂寥感が湧いた。
陸奥湾を出ていよいよ津軽海峡に入ると、心なしか風が強くなってきた。穏やかな海面に続く白く長い航跡を見つめながら、乗船前に立ち寄った「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」での出合いを整理した。
貨車48両を積んだ八甲田丸
八甲田丸は、青函連絡船として就航した船のうち、青函航路就航期間が23年7か月と最も長かった船で、ほぼ就航当時の状態で係留保存されている。最も注目すべき点は、貨物列車を搭載する「車両甲板」を有していることだ。簡単に言うと、青森駅に着いた貨物列車をそのまま船の後部から積み込んで函館まで運ぶというもの。そのため船内にも4本の線路が敷かれていて、1本の長さは約100m、最大で48両の貨車を積めたという。実際に船内の車両甲板に下りて、その仕組みとスケールを体感できる。
案内してくれたのは、「八甲田丸を存続する会」代表の葛西鎌司さん。葛西さんは、1988年3月13日17時5分に青森港を出港した青函連絡船最終便にも、1等機関士として乗船した。当時34歳。「共に働いてきた仲間がこの地を去り、ばらばらになるのは残念無念だった」と語る顔からは、人懐っこい笑顔が一瞬消えた。次の瞬間、笑顔に戻って「これ見て」と指さす先には、「ありがとう八甲田丸 ご安航を祈る」の文字。終航後に、制御室の扉の裏にこっそり書いた文字が、35年を経た今も残っている。その「ありがとう」は、青函連絡船が80年間で運んだ約1億6000万人の思いを代弁する5文字に見えた。
文/渡辺貴由 写真/齋藤雄輝
津軽海峡フェリー運航ダイヤ(9月30日までのダイヤ)
開館時間:9時~18時(11月~3月は~16時30分)
休館日:11月~3月は月曜(祝日の場合は翌日)休、12月31日・1月1日休、3月第2月曜~金曜休)
入館料:510円
アクセス:奥羽線青森駅から徒歩5分
問い合わせ:TEL017-735-8150
※データは取材時のものです。
(出典:「旅行読売」2023年8月号)
(Web掲載:2023年10月10日)