【食べる桜の世界】食べる桜の里を訪ねて 松崎町<静岡>
約1200本のソメイヨシノが那賀川沿いに続く「大澤の桜」。見頃は3月下旬~4月上旬。開花後、さくら祭りも開催される
日本一の桜葉生産地が届けるふんわり香る〝食べる春〟
海と山に囲まれた伊豆西海岸の町、松崎町。ここでは桜は眺めるだけの存在ではない。桜葉の栽培と塩漬けが、100年以上続く手仕事として暮らしに根づいている。
初夏、桜葉の塩漬け作業が始まる頃になると、町の空気がふっと甘く変わるという。潮の匂いに混じる、やさしくてどこか懐かしい香りに包まれる暮らしは、環境省の「かおり風景百選」にも選ばれている。
桜葉を使った代表的な和菓子の桜餅も、桜葉の産地であるこの町では「桜葉餅」と呼ばれる。主役はあんではなく、葉だからだ。人口およそ5500人。静岡県で最も小さな町が、日本に流通する桜葉の約7割を生み出している。
桜葉漬けに使われるのは伊豆半島に自生するオオシマザクラの葉だ。潮風に耐え、葉を食用にできる唯一の品種で、この地の風土とともに育まれてきた。明治末期に南伊豆・子浦(こうら)で生まれた桜葉漬けの技は、昭和30年代半ば、薪炭(しんたん)用に伐採されていたオオシマザクラが多く残る松崎町に受け継がれた。戦後に薪炭産業が衰退した後、町は桜葉に未来を託し、安定生産のため1962年頃から畑地栽培が始まった。
桜葉漬けは地元の職人たちの手で、一つ一つ丁寧に作られる。1月下旬から2月上旬に剪定(せんてい)した後、伸びた若葉を5月上旬から8月下旬にかけて手摘みする。大きさをそろえて50枚ずつ束ねる「まるけ」の工程を経て、塩漬け加工へ進む。
「少しでも傷があると価値が下がります。自然のものなので検品には特に気を使います」と、長年「漬け元」を担う後藤静夫さん。手間を惜しまない仕事が、松崎町の桜葉漬けの質を高めている。
町の大切な桜葉を守るために🌸
良質な桜葉を育てるために、雑草は敷きわらで抑え、虫害にはフェロモントラップ(オスを捕獲する仕掛け)を活用するなど細やかに管理。また、塩漬けで規格外になった桜葉は、粉末やペーストに加工し、飲料などに使われる。

桜葉の収穫作業。葉を傷つけないように1枚ずつ丁寧に摘み取る

収穫した桜葉はその日のうちに選別して束ねられる。この工程を「まるけ」と呼ぶ

半年ほど塩漬けにしたら完成
この桜葉漬けを使った桜葉餅は春限定というイメージがあるが、町内では3店で一年を通じて味わえる。春になれば販売する店はさらに増え、それぞれ独自の工夫が凝らされるため食べ比べてみるのも楽しい。
桜葉グルメは和菓子だけでなく町のあちこちに広がる。そのどれにも共通するのは〝香りの良さ〟だ。松崎町の桜葉には、特有の芳香成分クマリンがほかの産地のものより多く含まれるため、華やかな香りが口いっぱいに広がる。葉形が整っていることや、葉の裏面に産毛がないこともおいしさの秘訣(ひけつ)だ。ひと口ごとに春の息吹を感じる、松崎の風景を味わう瞬間である。


「天城山房」の風味豊かな桜葉そば(写真/上)と桜ジェラート。甘じょっぱさがクセになる

「梅月園」の桜生どら焼き。桜葉香るクリームをたっぷり挟んだ、甘さ控えめで軽やかな食べ心地

「清水屋パン店」の桜葉あんぱん。桜葉で包んで発酵させる生地は風味豊か。中身はこしあん

「橋本屋」の桜葉クッキー。桜葉パウダーを練り込んである
桜葉グルメで町おこし🌸
松崎町観光協会は桜葉を使った「極(ごく)めし」やシェイク、おしるこなどを開発し、桜葉グルメの可能性を広げている。同協会の清水ひとみさんは「桜葉の魅力を通じて、ソメイヨシノをはじめとする町の自然も知ってもらいたい」と語る。


2枚の桜葉で挟む桜葉餅。上新粉と餅粉の皮でつぶしあんを包む「永楽堂」(写真/上)と、道明寺系の「桜味堂」
文/新井夏海
◉松崎町へのアクセス
東京駅から東海道新幹線45分の熱海駅で伊豆急行線に乗り換え1時間45分、伊豆急下田駅下車、バス50分/東名高速沼津ICまたは新東名高速長泉沼津ICから約75キロ
◉観光の問い合わせ
TEL:0558-42-0745(松崎町観光協会)
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2026年4月号)
(Web掲載:2026年3月20日)
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