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【温泉は人生の句読点だ!】ワタクシの生存戦略は、温泉です 八千代温泉芹の湯<群馬>

場所
> 下仁田町
【温泉は人生の句読点だ!】ワタクシの生存戦略は、温泉です 八千代温泉芹の湯<群馬>

この空間がまたいいんだなぁ。でも、ちょっと変わった造りでもあって湯船の向こうにナゾ空間がある。昔はそこに洗い場があったそうなんですね。今はその空間もトマソン(無用の長物)化しているわけだけど、たまに常連さんがそこでトド寝しているそうだ。気持ちいい湯ですからねぇ

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プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)

1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。

熱い源泉の中で生きる温泉藻

ボクらはみんな生きている。ハイ、ミミズだって、オケラだって、アメンボだって、みんなみんな生きているのである。

さて、生きていくためには必要不可欠なものがある。それが生存戦略。この地球上の生きとし生けるものがそれぞれ独自の生存戦略をもって生きているのである。たとえば、わかりやすいところではキリン。あの長い首によって他の草食動物たちには届かない高い樹上の葉っぱを食べることで、シビアな食糧競争を避けて生きている。あるいはミミズだったら、捕食者から身を守る地下という堅牢(けんろう)なシェルターの中で暮らしている。しかもヤツらはなんと雌雄同体といって、すべての個体がオスにもメスにもなれるから、出会った相手の性別がどちらでも交尾ができ、効率的に繁殖して生きているのである。

じゃあ、我々、人間の生存戦略は?ハイ、言語や文字を持つことで複雑なコミュニケーションや学習を可能にし、身体の拡張ともいえるさまざまな道具を作り、操り、そして文明というある意味、最強のシェルターを作り上げ、その中で安全に生きているのである。たぶん、あらゆる生物の中で、いちばん複雑でメンドーで手のかかる生存戦略をもって生きているのではないだろうか。

さて、な〜んでワタクシはこんな話をしているのかっていうと、なんとですねぇ、なんとですよ、この世の中には温泉を生存戦略にしている生き物がいるんですよ。え〜、専門的には極限環境微生物といって、普通の生物だったら死んでしまうような過酷な環境を好んで生きているヤツらがいる。人間の致死量の数千倍という放射線に耐える菌とか、普通ならば脱水して死んじゃうような塩田の中で生きる菌とか、そーいう実にファンキーな生存戦略をもって生きている微生物たちだ。

で、そうしたヤツらの中に温泉の熱い源泉の中で生きる温泉藻(おんせんそう)という藻(も)がいるのである。この温泉藻、70度の熱い湯をものともしない。むしろそれを好むわけで、おそらく高温で過酷だった地球初期から生きていた微生物だったのではないかといわれている。そんなことを思えば、温泉藻は温泉藻で、最近、なんだか地球もぬるくなってきて、やってられねーぜ、なんてひそかに思っているかもしれない。

まぁ、それはさておき、実はここからが話の本題。そんな温泉藻が湯船の中に生えている珍しい日帰り温泉があるのである。

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これが温泉藻。この時は目立っていなかったけど、日によっては青々とした芝生のように生えていることもあるそうだ。もちろん体に害はなく、最近の研究では抗炎症作用など体にいい効能があることもわかっていて、別府温泉では温泉藻を配合したシャンプーが商品化されている

長ったらしい泉質名の濃ゆい名湯!

八千代温泉芹(せり)の湯は、群馬県は下仁田町の人里離れた辺鄙(へんぴ)な山間にある、まさにポツンと一軒家的な日帰り温泉施設だったりする。で、ここの温泉の湯船に温泉藻が生えているんだけど、普通、温泉藻っていうと源泉が自噴しているような自然環境の中で生えていることが多くて、芹の湯のように湯船に生えていることは珍しいんですね。じゃあ、なぜ生えているのか?ひとつは芹の湯の湯は冷鉱泉の沸かし湯なんだけど、それを循環濾過も塩素消毒もしていない掛け流しで提供しているから。だから藻も死なないわけ。そしてもうひとつは、芹の湯の湯が〝いい湯〞だから。温泉藻もついつい湯船に生えたくなるんじゃないかなぁ。

は?冗談?そー思ったあなた。いやいや、ここ、芹の湯の湯船につかってみればあなただってきっと同意してくれるはずだ。芹の湯の泉質は含二酸化炭素―ナトリウム―塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉。そう、やったら長いんですよ。つまりそれだけいろんな成分が含まれている濃ゆい温泉なんですね。山間の湯なのにとてもしょっぱくて、浴感はヌルトロ。湯の温度もやさしくぬるめで、しかも浴室や湯船が木造ならではの風情があってそれがまたいい。こんな辺鄙な山間にこんな浴室空間があって、こんな気持ちのいい湯につかれるというチョー穴場感。しかも世にも珍しい温泉藻との混浴なんだから。いや、ホント。熱い湯が好きな温泉藻もきっと、まぁ、ぬるいけどさぁ、芹の湯のこの湯なら許してやるぜ、なんてひそかに思っているに違いない。

いやぁ、芹の湯の温泉藻が生えた珍しい湯船の湯につかりながら、改めて思ったけど、生存戦略が温泉だなんて、うらやましいなぁ。ワタクシもひとりの温泉マニアとして言ってみたいもんですわ。え〜、ワタクシの生存戦略は温泉です!なんてね。

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外観もひなびていていい感じ。ちなみに芹の湯には食堂もある。ぜひそこで豚ホルモンと釜揚げうどんと湯豆腐を味わってほしい。めっちゃうまいから。とくにしょっぱい芹の湯の湯で煮た湯豆腐は絶品

文・写真/岩本 薫

♨今月のひなびた温泉

八千代温泉 芹の湯<群馬>

◎営業:11時〜20時/木曜、第2金曜休/入浴800円
◎泉質:含二酸化炭素—ナトリウム―塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉
◎アクセス:上信電鉄上信線下仁田駅からバス30分、芝ノ沢下車徒歩15分/上信越道下仁田ICから20キロ
◎住所:群馬県下仁田町西野牧12809-1
◎TEL:0274-84-3812


※記載内容はすべて掲載時のデータです。

(出典:「旅行読売」2026年4月号)
(Web掲載:2026年5月3日)


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