お帰り!“寅さん” 情趣に富む柴又さんぽ
寅さんに扮するお笑い芸人の野口寅次郎さん
お山へ上がる参拝客のにぎわい
柴又と聞くと〝寅さん〟が真っ先に思い浮かぶ。山田洋次監督の昭和の名作映画『男はつらいよ』の舞台の中心地だ。昭和44年(1969年)公開の第1作から50周年を迎える今年、シリーズ第50作が12月27日から公開されることも話題だ。
昭和30年~40年代の東京といえば、東京タワー完成、東海道新幹線開業、東京オリンピック開催など新時代への転換期。活気あふれた時代を懐かしむ人も多いだろう。
その頃の柴又はというと高度経済成長の余波は薄く、江戸川と耕地に囲まれた門前町の風趣。柴又帝釈天(正式名は題経寺)を中心にした行楽地のにぎわいだった。
参道をお山へ上がる参拝客に、通りに並ぶ店々から「いってらっしゃい」と声がかかる。帰りに参道の店に立ち寄って、食事をしたり草団子を買ったりするのが通例だった。
運の落ちない雪駄
そんな門前町も、寅さんの登場により映画の舞台として脚光を浴び始めた。柴又駅を出るとフーテンの寅像と見送るさくら像が迎え、観光名所になっている。
「寅さん記念館には、寅さんの右の雪駄だけが落ちています。そのことから、この像の左の雪駄をさすると運が落ちないといわれています」と説明する狩野壽初郎さん。5年前から柴又駅前で、金曜と毎月10日(寅さんの日)に観光案内をしている。〝柴又愛〟〝寅さん愛〟からの趣味的活動というが、興味深い話に引き寄せられる観光客は多い。
寅さんの予約席
200㍍ほどの参道は、団子、せんべい、ウナギなどの店々が両脇を埋める。関東大震災の影響もなく、家並みは昔から変わらない。この雰囲気も柴又の魅力で、平成30年(2018年)2月に東京都で初めて国の重要文化的景観に選定された。
その一軒、髙木屋老舗は草団子が名物の菓子舗で、『男はつらいよ』の撮影時に役者やスタッフの休憩、着替え所になった。
「渥美さんが毎回、『味は変わっていませんね、良かった』と草団子を食べながら話していたと母から聞きました」と、6代目女将・石川雅子さんが教えてくれた。
満男の成長を見守って
1カットの撮影に3時間を要することもあり、寅さんの待ち時間は長かったそう。テーブル席に腰掛け、「ここから見る参道の景色が一番好きです」と言っていたそうだ。そこには今、寅さんを待つかのように〝予約席〟の札が置かれている。
作品は回を重ねるごとに人気が高まった。参道に霧がかかったかと思うほど押し寄せる客の砂ぼこりが上がったり、満男(吉岡秀隆)ファンが髙木屋老舗の前で出待ちしていたことも多かったという。
女将さんは25作目の時に大阪から嫁いで来たそうで、「吉岡君の出演が27作目からなので、同級生のようであり、子の成長を見守る親の気持ちでもあります」と、うれしそうに語ってくれた。
映画のシーンを思い出す柴又帝釈天
二天門から柴又帝釈天の境内へ入り、ゆっくりと帝釈堂へ参拝した。寅さんが恋焦がれるマドンナ・冬子(光本幸子)を境内に訪ね、はかない恋に終わった第1作のシーンが思い出される。帝釈堂の外壁を巡る10枚の彫刻群も興味深い。法華経の説話を基にストーリーが展開している。意外に勘違いをしている参拝客も多いようだが、本堂は帝釈堂の並び、境内へ入って右側にある。
若い世代には、どんな作品なのか詳しく知らない人もいるだろう。リニューアルオープンした葛飾柴又寅さん記念館では、国民的人気映画とまで言われたその魅力に触れられるので訪ねたい。
館内では、撮影に使ったセットを大船撮影所から移設し、団子屋「くるまや」を再現している。出演者が使った小道具なども展示され、山田監督が使ったメガホンやディレクターチェアも興味深い。
柴又駅へ戻りながら夕暮れの参道を歩いていると、どこかから寅さんが見ているような……映画と変わらない門前の雰囲気が、そんな気分にしてくれた。
文/松田秀雄
<施設データ>
柴又帝釈天(題経寺) TEL03-3657-2886
葛飾柴又寅さん記念館 TEL03-3657-3455
http://www.katsushika-kanko.com/tora/
髙木屋老舗 TEL03-3657-3136
(出典 「旅行読売」2019年臨時増刊「昭和の東京さんぽ」)
(ウェブ掲載 2019年10月24日)
旅行読売臨時増刊「昭和の鉄道旅~復活編~」
2019年10月30日に発売
昭和から平成を経て令和の世に。令和元年に、注目され人気を集めているのは昭和の鉄道、列車、駅舎、駅麺。平成を経て、昭和の事物は遠くなるのではなく、あちこちで「復活」、ますます魅力を増しています。令和元年には「昭和」を描いた映画も復活します。輝きを増す「昭和の記憶」をたずねる鉄道旅の数々を凝縮した1冊です。寅さんの巻頭特集にも大注目!