河津桜と海の絶景を楽しむひとり旅 伊豆今井浜温泉 今井荘
今井荘の客室から海を眺めて静かなひと時を(内装や家具はリニューアルで変更予定)
※以下は雑誌掲載時の記事に加筆しています。今井荘は現在工事のため休館中で、2024年夏にリニューアルオープン予定です。
全室オーシャンビューのぜいたく
客室へ入ると、海が迎えてくれた。正面の大きな窓いっぱいに、青々とした海原がキラキラと輝いている。ベランダへ出ると海風に舞う潮の香りが全身を包む。白浜に寄せては返す波の音は、単調な繰り返しがかえって心地良い。
「う~ん、いいね」。普段は独り言を口にしないが、この時ばかりは言葉にしてみたくなった。ひとり旅なので、話し相手はいない。自分自身へ、この宿を選んだことをほめてあげたい。
ここは東伊豆。河津桜で有名な河津町にある温泉旅館「今井荘」。全室オーシャンビューで、通常の客室でも12.5畳に4.5畳の次の間付き。通常料金でここまで広い客室をひとりで使える宿は、あまり聞いたことがない(リニューアル後は全53室で、部屋の広さを変え、内装は和モダンで落ち着くインテリアに変更予定)。
ひとり気ままに伊豆七島を眺めて
いつもなら宿に着いて早々、真っ先に温泉へ向かうところだが、今回はしばし客室でくつろぎたい気分。テーブルを壁際へ押しやり、腕枕で横たわる。何を思うでもなくのんびりと景色を眺めていると、クリスチャン・ラッセンのマリンアートと重なって見えてきた。
「空気の澄んだ晴天時でしたら、伊豆七島を望めます。特に大島は大きく、意外に近いことを感じてもらえます」と、宿のスタッフが教えてくれた。
テーブルを元に戻し、といっても海を眺めるために窓側を向いて着座。ひとり泊では普通、床の間に近いところが上座となるが、あえて海と向き合って座りたい。
チェックインから2時間ほどがたち、次第に日が傾き始めた。室内にも影が落ち始めてきたが、あえて電気をつけないほうが海景の彩りが引き立つ。浅い水底のような青みを残す海と、茜色の空とのグラデーション。海を眺めているだけの、無駄にも思える時間を過ごせるのも、ひとり泊の気ままさ。
昭和天皇、羽生名人も宿泊した歴史のある宿
日が沈む前に、風趣に富む景色を温泉につかりながら眺めようと、露天風呂へ向かった。
男女とも岩を配した湯船で、女性用のほうが広くて眺めがいい。宵闇が迫るにつれ湯けむりはその存在を強め、刻々と妙味の深まるその様子に「ふぅ~、いいね」とまた独り言。湯は保湿効果の高いナトリウム―塩化物泉で、適応症は神経痛やリウマチなど。豊富な自家源泉は、周辺の保養所や民家へも配湯している。
伊豆近海の魚介類を堪能
夕食は食事処で。ひとり泊でも相席はなく、2人か4人掛けテーブルで食事をする。料理は、稲取や下田など伊豆の港に揚がった、新鮮な近海の魚介類などが並ぶ(リニューアル後はオールインクルーシブに変更)。
食後、ラウンジのソファに腰掛けて、見るともなしに辺りを見回していると気になるものがあった。昭和23年と29年に、静養で今井荘を訪れた昭和天皇の写真だ。昭和9年に創業した今井荘の歴史を物語るひとコマである。
王将戦や名人戦など将棋や碁の対戦もたびたび行われ、名宿としての評判を高めてきた。中でも後世に語り継がれるのが、平成8年、王将・谷川浩司と名人・羽生善治の一戦。羽生名人が史上初の七冠を達成した。その時に使われた将棋盤や駒がラウンジの一角に展示されている(写真や将棋盤の展示方法は変更の予定)。
旅館のラウンジに居心地の良さを感じたことはこれまで少ないが、ここは違う。何をするわけでもないが、ほっとする。羽生名人も、対戦後はそんな気持ちでくつろげただろうか。
温泉でサンライズロードを眺める
翌朝は、日の出に染まる海原を温泉につかりながら見たくて早起きした。同じ思いの客は多いようで、朝6時とは思えないほどの混み具合。客室に戻って、布団に横たわりながら眺めることにした。
「4、5月は海に向かって左奥、岬の裏手から日が昇ってきます。〝サンライズロード〟とでも言いましょうか、秋、冬でしたら海面に光の道をご覧いただけるんですよ」とスタッフは言う。
少し前から伊豆では〝ムーンロード〟が話題だが、〝サンライズロード〟もインスタ映えして人気を集めそうである。
文/松田秀雄 写真/齋藤雄輝
<施設データ>
今井荘
TEL0558-34-1155
※現在、リニューアル工事中で予約は受け付けていません。来年夏にリニューアルオープン予定です。
(出典 「旅行読売」2019年5月号の記事に加筆)
(ウェブ掲載 2019年11月20日)