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上杉謙信ゆかりの春日山城へ

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上杉謙信ゆかりの春日山城へ

春日山城の本丸跡

謙信ゆかりの古刹へ

戦国武将・上杉謙信が居城とした春日山城。戦国時代の山城で、時代を超えた歴史旅を楽しみに出かけることにした。

北陸新幹線上越妙高駅からえちごトキめき鉄道に乗って春日山駅に降り立つ。駅前からバスに乗り、ものがたり館入口で下車。春日山城跡ものがたり館は、謙信や当時の春日山城の様子などを映像で紹介し、川中島合戦図屏風(複製)なども展示している。事前学習には最適だ。ここで日本100名城スタンプを押してから散策をスタート。

県道180号に出て西へ進むと、謙信の祖父・長尾能景が創建した林泉寺に着いた。惣門は春日山城の搦手門を移築したと言われる。謙信筆とされる「第一義」の額を掲げた山門は大正時代の再建だが、その偉容に目を見張った。幼少期の謙信(長尾虎千代)は、7年ほどこの寺で過ごしたという。

近くに謙信を祀る春日山神社がある。童話作家・小川未明の父で旧高田藩士だった小川澄晴により1901年に創建された。136段の石段を上った先に社殿があり、一画に謙信公銅像が立つ。山頂を仰ぎ見ると丘陵尾根に幾段にも区切られた春日山城の曲輪(城を構成する区画)が見て取れた。

「往時の姿に近付けるためと土砂災害を防ぐため、植林された杉の伐採を行いました」と、以前に上越市の文化行政課の担当者が話していたのを思い出した。

謙信が幼少期に過ごしていた林泉寺
謙信が幼少期に過ごしていた林泉寺

展望の開けた天然の要害へ

神社脇から丸太の階段を上っていく。整備された千貫門跡や空堀などがあり、戦国時代の山城の様子を実感できる。

標高180㍍の山頂へ辿り着くと、そこは天守台と本丸跡。東側の眺望はひときわ素晴らしく、日本海から米山(別名越後富士)、尾神岳、黒姫山などの稜線を一望でき、頸城平野も見渡せる。戦略的にも、この城がいかに重要だったか分かる気がした。

二の丸や三の丸などの曲輪が山を削って造られている春日山城
二の丸や三の丸などの曲輪が山を削って造られている春日山城

武将隊がお出迎え

謙信の死後、家督争いに勝った景勝が城主となった。景勝が会津に転封になると、堀秀治が入城。その後、息子の忠俊が直江津に福島城を築いたことで、春日山城は1607年に廃城となった。そんな歴史を思い返しながら大手道を下った。

ほどなく上越市埋蔵文化財センターに着くと、「本陣にようこそじゃ」と上杉謙信ら武将隊に迎えられた。館内では市内から出土した土器などを展示している。

退館時、謙信公の「お気をつけて行って参られよ」の声に送り出され、徳川ゆかりの高田城へとバスで向かった。

文/田辺英彦

越後上越 上杉おもてなし武将隊
越後上越 上杉おもてなし武将隊

<施設データ>

春日山城          

TEL025-526-5111(上越市観光交流推進課)

https://joetsukankonavi.jp/

 春日山城跡ものがたり館

TEL025-544-3728

https://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/bunkagyousei/sisetu-monogatari.html

 上越市埋蔵文化財センター

TEL025-521-6280

https://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/bunkagyousei/sisetu-maizou.html

 (出典 「旅行読売」2020年4月号)

(ウェブ掲載 2020年3月17日)

日本の名城 関連ツアーはこちら

https://www.yomiuri-ryokou.co.jp/kokunai/castle/

Writer

田辺英彦 さん

東京都大田区出身、埼玉県在住。旅行ガイドブック編集・執筆、出版業界誌執筆などを経てフリーランスに。東北・八幡平の温泉群と、低山ハイク、壊れかけたもの・廃れたものが好き。