楽々ハイク 三国山
●歩行距離6.9㌔ ●歩行時間4時間 ●難易度 やや低い
歴史に彩られた旧街道の峠越え 天上の“お花畑”をハイキング
「わがあるは三国(みくに)の峠立ちわたる 霧の下こそ越路(こしじ)なりけれ」
谷川岳や三国山などの三国山脈が連なる新潟と群馬の県境は、首都圏から近いわりに山河の景観にすぐれて温泉も数多く湧き、古くから文人を旅に誘ってきた。例えば、三国峠の下の猿ヶ京や法師温泉は、与謝野晶子が気に入って何度か訪れ、数々の歌の残した。
高崎で中山道から分かれた旧三国街道は難所の三国峠を越え新潟の長岡、佐渡へ向かう。今は峠の下のトンネルと国道17号を三国街道と呼んでいるが、旧街道はその上に舗装されないまま残っている。ここを歩いて花が見頃の三国山に登るプランを立てた。
登山の前後に立ち寄りたい足元湧出の名湯
三国街道の下、法師ノ沢が流れる谷間にある法師温泉長寿館は、与謝野晶子や川端康成ら文人ゆかりの一軒宿。明治時代に建てられた法師乃湯(混浴)の湯小屋は国の有形文化財で、湯船の底の玉石の間から無色透明の石膏泉が自然湧出している。この湯につかり、翌日に備えてゆっくり休んだ。
昭和初期の1931年、法師温泉に連泊した晶子は、3日目に三国峠を目指したと伝わり、出発前の一行を写した白黒写真が宿に飾られている。駕籠(かご)に乗る晶子とカンカン帽姿の男たち。あいにくその日、峠は霧に覆われ、冒頭の歌を詠んだと聞いた。はたして明日はどうだろう。
宿に入る前に、旧須川宿の古い家並みに道の駅を併設する 「たくみの里」、旧永井宿の資料を展示する郷土館、かつて関所があった猿ヶ京の与謝野晶子紀行文学館などを回ってもいい。宿から三国街道へ上るハイキングコースもある。
上信越の雄大な山並みと夏の花の群落を見晴らす
翌朝、三国トンネル手前に2か所ある駐車場のうち新潟県寄りに車を停め、トンネルの右側から登り始めた。登山道はブナなど背の高い広葉樹林の間を縫い、頭上の新緑がまぶしい。足元は石が多く、ところどころ急な岩場もあり、気をつけながら登る。
旧三国街道に出ると落ち葉が積み重なっていて歩きやすいが、夏季、特に雨後はヤマビルに注意。肌の露出は避け、靴にヒルよけスプレーや塩水をかけるのが効果的。吸われたら火を近づけるか塩をかけて取り、水で洗った傷口に虫さされ薬を塗り、ばんそうこうを貼る。
街道の最高地点である三国峠には、上野(こうずけ)国の赤城、越後国の弥彦、信濃国の諏訪の3社の神を祀る御阪三社神社がある。この日は運よく晴れ、神社の背後に丸みをおびた三国山の山容と青空が広がっていた。かたわらの「三国峠を越えた人々の碑」には与謝野晶子・鉄幹(てっかん)夫妻のほか、上杉謙信、良寛(りょうかん)、伊能忠敬(いのうただたか)、原敬(はらたかし)、川端康成らの名が刻まれている。ここで小休止。同行のみなかみ町役場の方がふるまってくれた、自家製米の塩むすびが絶妙の塩加減でうまい!
ここから山頂までの標高差約300メートルは、九十九(つづら)折りに設えられた階段を上るためヒルの心配はないものの、雨が降ると滑りやすい。植生はツツジなどの低木林に変わり、展望が開ける。中腹で振り返れば、長倉山や唐沢山、苗場山など山々の稜線がはるか先まで連なり、さえぎるもののない山上を涼風が吹き抜ける。緑深い谷間に、法師温泉の建物も小さく見えた。
山上の花畑から歴史ロマンの旧街道を下る
息を切らして登り続けると、林を抜けクマザサが茂るゆるい坂に出た。広場のベンチには休憩する先客たちの姿。周辺は7 月中旬、ニッコウキスゲの群落が見頃を迎える〝お花畑〞だ。途中、クガイソウやシモツケソウ、エゾアジサイなど山地の植物も見られる。
「来月、登山同好サークルで来る予定で、初心者の妻を連れて下見に来ました。危険な場所もなく登りやすい」と埼玉県川越市からきた中年夫妻。新潟県湯沢町から来た男性は「この辺の山はだいたい1人で登りました。今日は苗場に行く予定でしたが、出発が遅くなり急遽こちらに。数時間でサクッと登って下りられるのが魅力」
標高1636メートルの頂に到着後、下りはルートを変えて谷川岳を遠望するポイントに寄る。三国峠からは、遭難した長岡藩士の墓や晶子が水を飲んだ晶子清水などの史跡が点在する旧街道を下る。途中、水が流れる沢をいくつか渡るので靴に注意したい。
駐車場に戻ったのは出発から5時間後。膝が笑っている。この心地良い疲労感が晩のビールをさらにおいしくする。
文・写真/福崎圭介
交通:上越新幹線上毛高原駅からバス30分、猿ヶ京下車後、タクシー15分(直接行くバスがないので車が無難)、法師温泉へは猿ヶ京から法師温泉行きバスに乗り換え15 分、終点下車すぐ/関越道月夜野ICから国道17号経由30キロ
問い合わせ:みなかみ町観光協会☎0278・62・0401
(出典「旅行読売」2017年8月号)
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