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旅へ。(第7回)

場所
> 伊香保町
旅へ。(第7回)

激動の谷間に咲いた大正浪漫 名画の黒猫は夢二の化身

大正浪漫がたまらなく、いとおしい。激動の明治と昭和の谷間に咲いた大衆文化は退廃や背徳の香りを漂わせ、女性たちは「命短し、恋せよ乙女」と切ない恋に胸ときめかせた。夜空に灯った光は蛍火のようでもあり、やがて闇に飲み込まれていった。

伊香保温泉(群馬県)に宿をとったのは、想い焦がれた女性に会うためだ。365段の石段街を下って、竹久夢二伊香保記念館を目指した。森の中にたたずむ白亜の洋館。アンティークな調度品が飾られた館内には、もの悲しい歌声が流れていた。

 まてど暮らせど来ぬ人を
 宵待草のやるせなさ
 今宵は月も出ぬさうな

100年前の可憐な乙女を描いた美人画と耽美な詩に浸りながら、三階の蔵座敷へと案内された。最高傑作とされる「黒船屋」の公開は年に一度。ついにその時が……。女性は屋号が入った木箱に腰を下ろしていた。透き通るような白い肌。穏やかな眼差し。口元はかすかに開き、不釣り合いなほどに大きな手で黒猫を抱いている。愛を独り占めする黒猫は画家の化身に違いない。女性は優しさの奥に、凛としたものをたたえていた。

モデルはお葉。しかし、夢二は別の女性の面影を追い求めていたという。30歳の時、18歳の彦乃と恋に落ち、ひそかに交わした恋文では、「山」(彦乃)、「川」(夢二)と呼び合った。二人の仲は裂かれ、彼女は25歳で病死する。「黒船屋」を描いたのは、その前年のことだ。お葉は気付いていたのだろう、やがて彼のもとを去る。夢二は晩年、湖畔にアトリエを構え、榛名山に女神が舞う姿を描いた。彦乃の面影はそこにもうかがえる。

「命短し――」と舞台で歌った女優・松井須磨子はスペイン風邪に倒れた島村抱月の後を追った。華族の令嬢・柳原白蓮は炭鉱王の夫を裏切り、社会運動家の男性に走った。悲恋やスキャンダルが新聞をにぎわせたのも、時代が自由を許容していた証しである。普通選挙法成立の大正14年、治安維持法が制定された。元号が昭和に代わり、大正浪漫の残り香は軍靴の音にかき消された。(写真は、夢二の短歌の歌碑。その向こうには榛名湖が広がる)

(旅行読売2021年1月号)

Writer

三沢明彦 さん

元「旅行読売」編集長

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