たびよみ

旅の魅力を発信する
メディアサイト
menu

旅へ。(第9回)

場所
> 練馬区、豊島区
旅へ。(第9回)

若き才能、トキワ荘に集う 種子はクール・ジャパンへと開花

池袋モンパルナスに夜が来た/学生、無頼漢、芸術家が/街にでてくる/彼女のために/神経をつかへ/あまり、太くもなく/細くもない/在り合せの神経を――

文化はカオス(混沌)から生まれるらしい。昭和の初め、東京・池袋界隈に画学生など芸術家の卵が移り住み、パリのモンパルナスを彷彿とさせるアトリエ村が出現した。日が暮れると、彼らは街の灯に吸い寄せられ、酒を飲み、芸術論を戦わせ、感性を刺激し合った。池袋モンパルナスの名付け親は夭折の詩人・小熊秀雄。猥雑の街に鍛えられ、彼の言葉には不屈の魂が宿っている。

エコール・ド・パリの夢は戦火に散ったが、焼野原で息をひそめていた種子は芽吹きの時を待っていた。1953(昭和28)年、かつてのアトリエ村近くの木造アパートに一人の男性が入居する。手塚治虫だ。この漫画の神様を追って、若者たちがトキワ荘に移ってきた。藤子不二雄(藤本弘、安孫子素雄)、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、水野英子……。彼らは助け合いながら、家賃3000円の四畳半で腕を磨いた。アニキ分の寺田ヒロオは後輩に家賃を貸し、焼酎のサイダー割り(チューダー)を振る舞ったという。トキワ荘マンガミュージアム(豊島区南長崎)を訪れ、寺田の「スポーツマン金太郎」に夢中になった幼い頃の記憶がよみがえってきた。

西武池袋線沿線には次世代の漫画家が移り住むようになった。大泉学園駅(練馬区)の広場には、地元ゆかりの漫画家が世に送ったキャラクターのブロンズ像が飾られ、池袋にはアニメ女子の聖地・乙女ロードが誕生した。新芽は花開き、小さな種子は世界の若者を引きつけるクール・ジャパンに育った。

手元に一冊の漫画本がある。1940(昭和15)年刊行の「火星探検」復刻版。ほのぼのとしたSF漫画は、漫画の神様にも影響を与えたという。原作者の旭太郎は小熊のペンネーム。戦火が激しくなる中、彼は池袋で39歳の人生を終えた。モンパルナスの夢を子どもたちに託そうとしたのかもしれない。

(写真は、豊島区立トキワ荘マンガミュージアム。2020年7月、同区南長崎の公園にオープンした)

(旅行読売2021年3月号掲載)

(ウェブ掲載 2021年3月11日)

Writer

三沢明彦 さん

元「旅行読売」編集長

Related stories

関連記事

Related tours

この記事を見た人はこんなツアーを見ています