古代ロマンの里・奥飛鳥で里山歩き
のどかな夏の棚田の風景。田植えの時期や秋の刈り取り前の時期も美しい
郷愁を誘う棚田と石積み集落
「古代ロマンの里」という枕詞とともに語られる飛鳥は、のどかな田園風景が広がる里山だ。古墳や謎めいた石造物を巡り、「日本の原風景」を感じながら、のどかな里を歩きたい。
とりわけ奥飛鳥と呼ばれる、明日香村南端の飛鳥川源流域にあたる、稲渕(いなぶち)、栢森(かやのもり)、入谷(にゅうだに)の三つの集落は、国の重要文化的景観にも選定されている。何があるわけではなくても、日本人の心に染みる風景に出合えそうだ。
近鉄吉野線飛鳥駅から歩を進める。駅前にレンタサイクルがあるので、体力に自信がない人は自転車で回るのもいい。全体に起伏があり、峠では自転車を押さなければならない点は注意が必要だ。
駅から20分歩くと、高松塚古墳への入り口。一帯は国営飛鳥歴史公園として整備され、芝生広場の先に、極彩色の壁画で知られる高松塚古墳がある。隣接する高松塚壁画館には、発見当初の石槨(せっかく=棺を納める石製の容器)の模型や、石槨と同じ材質の岩に漆喰を塗って模写再現したものが展示され、壁画発見時の興奮を改めて感じた。
文武天皇陵を見てから公園を抜け、道路を上っていく。途中で細い道を右へ入ると、木立の中の峠道になる。しばらく上って風景が開けると、朝風峠(あさかぜとうげ)に到着。ベンチがあるのでひと休み。
ジャンボ案山子が立つ棚田
道を下って行くと、稲渕の棚田が見えてきた。次に目を引いたのは、巨大な案山子(かかし)だ。農作業をしていた男性に尋ねると、9月半ばに行われる案山子コンテストの象徴で、ジャンボ案山子だけは通年で立ち続けるという。
上斜面と眼下にも棚田はあるが、はるか先にも棚田が広がっているのが見える。今は緑の稲も、秋になれば穂を垂れ、一面、黄金色の絨毯になるだろう。10月上旬の刈り入れ期は、竹や木で組んだ台に刈り取った稲をかけて天日干しする稲架掛(はさが)けの風景が見られる。秋の風物詩が、ここでは健在だ。
さらに下って行くと、飛鳥川に綱が張り渡され、中央に藁を束ねたものがぶら下がっている。男綱(おづな)と呼ばれるもので、上流には女綱(めづな)が渡されている。正月、五穀豊穣、子孫繁栄などを祈願する綱掛(つなかけ)神事がそれぞれで行われる。
少し先の飛鳥川上流には、飛び石という、川に石を並べた橋がある。「明日香川 明日も渡らむ 石橋の 遠き心は 思ほえぬかも」という万葉集の歌碑が立つ。心は遠く離れていないと詠う。
里の奥、美しい栢森の集落で時間を忘れる
この先、栢森の集落まで2.5㌔ほどある。時間と体力に余裕があれば足を延ばしたい。稲渕の集落同様、傾斜地に民家を建てるため石積みを利用し、独特の景観を見せる。栢森の予約制の食事処、奥明日香さららの坂本博子さんは「加夜奈留美命(かやなるみのみこと)神社の先の高台から山間に沈む夕日がとてもきれいで癒やされます」と語り、朝夕の景色を味わってほしいと、民宿も始めた。ゆっくり流れる時間の中に身を置いてこそ見えるものもある。
男綱から県道15号を緩やかに下って行くと、石舞台(いしぶたい)古墳に到着。飛鳥時代に4代の天皇に仕えた大臣、蘇我馬子の墓と伝えられる。総重量約2300㌧の石造物だ。内部に入ると、天井石の大きさに圧倒される。
すぐ隣の夢市茶屋でランチ休憩に。古代米御膳は、赤米や黒米を20%混ぜたご飯に、地元産の旬の野菜を使った料理などがセットになっている。12月以降は、牛乳と鶏がらスープで野菜、鶏肉を煮込んだ名物の飛鳥鍋御膳になる。
この先、飛鳥駅までは約3.2㌔。聖徳太子ゆかりの橘寺(たちばなでら)や亀石などの見どころに立ち寄ってもいい。「古都保存法」で景観が守られている明日香村は、どこをどう歩いても、やさしい風景に包まれる。
文・写真/田辺英彦
おすすめの宿
天武・持統天皇陵や亀石に近く、築約300年の庄屋の建物が母屋。夕・朝食はここで食べる。冬の夕食は牛乳を使った名物の飛鳥鍋。ほかの季節でもオーダーは可能。客室3部屋は離れになっているので気兼ねなく過ごせる。1泊2食7700円(掲載時の料金。詳細は要問い合わせ)。
住所:奈良県明日香村野口328
交通:近鉄吉野線飛鳥駅から徒歩20分
TEL:0744-54-3240(飛鳥観光協会)
モデルコース
【徒歩時間4時間40分】
飛鳥駅(スタート)
↓徒歩25分
高松塚古墳・高松塚壁画館
↓徒歩1時間
朝風峠
↓徒歩3分
稲渕の棚田
↓徒歩7分
男綱
↓徒歩6分
飛鳥川の飛び石
↓徒歩40分
女綱
↓徒歩6分
栢森
↓徒歩1時間15分
石舞台古墳
↓徒歩1時間
飛鳥駅(ゴール)
奥飛鳥
交通:京都駅から近鉄京都線急行1時間10分の橿原神宮前駅で近鉄吉野線急行に乗り換え4分、飛鳥駅下車/京奈和道御所ICから5 ㌔
問い合わせ:0744-54-3240(飛鳥観光協会)
(出典「旅行読売」2020年11月号)
(ウェブ掲載2021年7月20日)