【文化財級の宿】峰温泉 花舞 竹の庄(静岡県河津町)
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レトロな趣の「大正檜風呂」。昔は窓下の台に脱衣かごが置かれていたという
懐古趣味を満たす、伊豆の名湯で素泊まりの宿
約100度の温泉が30メートルの高さまで噴き上がる峰温泉大噴湯公園の隣、石垣のような塀で県道と隔てられた敷地に、花舞 竹の庄はある。河津桜で知られる河津川に沿って県道14号を河口から約2キロ遡った辺りだ。
入り母屋造りの玄関は、意匠を凝らした彫刻の懸魚(げぎょ)(破風<はふ>板下の妻飾り)や、屋根を支える円柱を水平につなぐ腕木にも装飾が施されている。登録有形文化財ではないが、玄関のガラス戸を開ける前から胸が躍る。
創業は1933年。当時は三井家(みついいえ)旅館の屋号で、東京の資産家の出資で開業したという。戦後、持ち主が代わり温泉閣と商号を変え、さらに昭和の終わり、1985年頃に先代の館主が買い取り、現在に至っている。
リニューアルする際、板張りとなまこ壁の外壁はモルタルに変わり、客室の天井や壁も改装したが、それ以外は贅を凝らした意匠を含めて創業時の姿をとどめている。
当初は客室数22、割烹懐石料理を出す高級旅館だったが、20年近く前に素泊まりと立ち寄り入浴のみの旅館に衣替えした。昭和から平成へ、バブル景気を経て経営を見直した後の選択だった。現在は58歳の館主、東島(とうじま)良太郎さんがほぼ一人で切り盛りし、宿泊客は4組に絞っている。
現在使われている客室は、昭和初期に増築した離れの4部屋。1階と2階に、入りの間4畳+客間6畳の客室がある棟と、1階と2階に客間8畳+次の間5畳の客室がある棟が、鉤(かぎ)形に接して立つ。
案内されたのは前者の1階部屋。ゴツゴツした節が残る柱や部屋ごとに異なる意匠の欄間など、伝統的な日本建築の美しさが感じられる。庭園に面して広縁があり、イスに腰掛けて庭を眺めながら昭和の大衆作家に思いを馳せた。
『吉野朝太平記』で第2回直木賞を受賞した鷲尾雨工(わしおうこう)の伝記によると、雨工は1940年12月中旬から4か月以上滞在している。後にその印象を「室からは太平洋が眺められて、晴曇朝夕に変化する海の景色が目をたのしませたし浴場から見える天城山の姿や閑寂な農村情景も好ましいものだった」と記している。雨工が逗留した2階の梅の間は宿泊できないが、往時のまま残されている。
2か所ある温泉で特に素晴らしいのは、2階の「大正檜ひのき風呂」だ。仕切りのタイル壁には市松模様があしらわれ、曇りガラスには幾何学的な意匠の桟が配されている。窓の桟も凝っていて、浴室全体が大正浪漫の趣を感じさせる。
ヒノキの湯船にはナトリウム-塩化物泉の湯がかけ流しになっている。源泉は隣の大噴湯だ。無色透明だが硫黄の匂いがする。手足を伸ばして天井を見上げる。レトロな意匠に囲まれ、時間を超越した気分で、開放感に包まれる。
1階の大浴場は、大小二つのタイル敷き湯船があり、ガラス戸の外に六角形の屋根が掛かった露天風呂がある。浴室の入り口に3色のランプが付いたスイッチがあり、それぞれ男性、女性、家族を示していて入浴者がいずれかを点灯させる。家族の場合は1時間を限度に貸切利用できる。
旅館を有形文化財として登録する気はなかったか、東島さんに尋ねると、「ある人が、峰温泉の別荘と一緒に登録申請しようとしてくれましたが、書類の煩雑さに私が嫌になってしまって」と今でも消極的だ。
もう1軒の別荘、旧木村家住宅は登録されたので、申請していればどうなっていたか。残念な気もするが、おかげで知る人ぞ知る隠れ家として、文化財級の宿を心ゆくまで堪能できるのだから、無冠も悪くはないかもしれない。
文/田辺英彦 写真/青谷 慶
【立ち寄りたい店】吉丸(きちまる)
河津駅前にある海鮮料理店。魚市場で仕入れるほか、主人が自らとる鮮度抜群の地魚が自慢だ。太刀魚の一本開き塩焼き定食は、頭から尾まで約60センチと驚きの大きさ。淡泊だがほどよく脂が乗っている。海の幸あられ丼(写真)は、マグロにサーモン、ハマチなどに加え、地魚、ホタテなど十数種の具が屹立(きつりつ)し、インパクト十分。圧倒的な食べ応えを誇る。ふのりの吸い物も美味。
11時〜14時30分、17時30分〜21時/木曜休、水曜不定休/TEL:0558-32-1913
峰温泉 花舞 竹の庄
住所:静岡県河津町峰487-2
交通:伊豆急行線河津駅から徒歩25分/新東名高速長泉沼津ICから63㌔
TEL:0558-32-0261
料金(税・サ込み/2人1室利用):素泊まり6730円〜
※掲載時の料金。公式ホームページで要確認
(出典:「旅行読売」2022年6月号)
(WEB掲載:2022年6月2日)