【私の初めてのひとり旅】みうらじゅんさん 金沢(1)
みうらじゅん(イラストレーターなど)
1958 年、京都市生まれ。エッセイスト、ミュージシャン。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。1997年、「マイブーム」で新語・流行語大賞受賞。日本映画批評家大賞功労賞受賞。仏像ブーム、ゆるキャラブームの火付け役としても知られる。著書は『アイデン&ティティ』『マイ修行映画』『永いおあずけ』『さよなら私』など多数。
〝街を出てみよう〞という青春の誘いを聞いたんだ
僕のひとり旅の名目は〝家出〞だった。
かといって、家や学校に対してこれといった不満もないボンクラ高校1年生。そんなある日、深夜ラジオで〝街を出てみよう〞という青春の誘いを聞いたんだ。たとえ今、住んでいる街が好きだったとしても、優しい人たちに包まれていたとしても、街を出てみようとその人は歌ってた。
その人の名は吉田拓郎。とうとう憧れが高じて、拓郎さんみたいなシンガーソングライターになることを決意した。だから理由なき家出には当然、ギターも、首から下げるハーモニカホルダーも、オリジナル曲を録音するラジカセも持って、ある夜、こっそり家を出た。
バスで京都駅に向かう。時刻表で調べておいた金沢行きの夜行列車「きたぐに」に乗るためだ。切符を買ってしばし駅前で佇んだのはいいが、もうすでに寂しさはマックスになっていた。
引き返すべきか何度も悩んだけど、このために用意した新曲もあるし、それに列車の中で見知らぬ女のコ(センター分けのロングヘア)との出会いを大いに期待、妄想していたもので、ここはグッと堪えた。
僕は「きたぐに」に乗り込むと、ギターケースを網棚に乗せ、席に座った。ガラ空きの車内でしばらく外の景色を見つめていたが、時折、〝ピィーッ〞と汽笛の音が聞こえてくると、たまらず目を閉じた。どうしてこんなに悲しいんだろう……。いや、自ら選んだひとり旅なのだから仕方ない。途中駅で何度も薄目を開けて出会いを待ったが、結局、僕のシートには誰ひとり座ってくることはなく、翌朝、金沢駅に着いた。
「新曲『金沢』の詞の通り、切なさ満点な天候だった」
―― 北風にあおられて黒雲は どんどん広がって もうお茶でも飲んでる間に 空をおおってしまうだろう♪
あらかじめ作っておいた新曲『金沢』の詞の通り、切なさ満点な天候だった。僕はその足で兼六園に向かうつもりでいたが、小雪も舞ってきた。えーい! ここはタクシーかと、僕は家出にあるまじき行動に出た。ちなみに兼六園は初ステージとなる現場――。
そこのベンチに腰掛け、新曲を含めたオリジナル曲を数曲歌い、ラジカセに録音するつもりでいた。だって、もう、そのカセットケースには『みうらじゅん ライブ・イン・金沢』と、書いてきたんだもの。タクシーで乗りつけた兼六園には人けもなく、僕は早速、入り口すぐのベンチでライブの準備に取りかかった。そして、ラジカセの〝REC〞ボタンを押し、「どうも、みうらじゅんと申します。今日はここ金沢で―― 」と、MCをひとしきりした後、「じゃ、聞いてください」とギターを掻き鳴らすのだった。
文/みうらじゅん