「乙巳の変」の舞台へ――奈良県桜井市・明日香村
談山神社の祭典や行事では、談山雅楽会による雅楽・舞楽が行なわれる。
1378年前、飛鳥板蓋宮で事件は起きた。 権力の絶頂にあった蘇我氏一族を、 中大兄皇子と中臣鎌足が滅ぼした。 歩いて知る「乙巳の変」とは――。
西暦645年、大和国飛鳥で起きた「乙巳の変(いっしのへん)」は、皇極(こうぎょく)天皇の子・中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)(=藤原鎌足)が蘇我入鹿(そがのいるか)を倒し、その一族を滅ぼした歴史的大事件。その後の政治体制の変革「大化の改新」のきっかけとなった。奈良県桜井市と明日香村には乙巳の変ゆかりの地が点在している。
飛鳥寺は日本で最初の本格的仏教寺院。本尊の飛鳥大仏は日本最古の大仏。かつては塔や回廊がある大伽藍だった。西側にあったと考えられている「槻木広場(つきのきのひろば)」での蹴鞠会(けまりえ)で、皇子と鎌足が出会ったと伝わる。現在、飛鳥寺の西側には鎌倉時代に作られた蘇我入鹿首塚があり、蘇我氏の大邸宅があった甘樫丘(あまかしのおか)を望む。
「蘇我氏の横暴、許すまじ」の志で一致し仲を深めた皇子と鎌足。藤の花が咲くころ、入鹿暗殺の密談をしたと伝わるのが多武峰(とうのみね)だ。現在、藤原鎌足を祀る談山神社(たんざんじんじゃ)がある。同社には「大化の改新 談合の地」の伝承があり、皇子と鎌足が出会った蹴鞠会にちなみ、毎年4月と11月に「けまり祭」が行われている。
事件の舞台は飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)、現在の飛鳥宮跡だ。西暦645年6月12日。高句麗、百済、新羅からの使者が天皇への貢物を捧げる儀式で、中大兄皇子が入鹿に斬りつけ、ふたりの刺客がとどめをさした。飛鳥宮跡では三つの時期の宮殿跡が重なって発掘されている。
天皇中心の政治体制を確立し、日本で最初の元号「大化」が始まった地、明日香と桜井。歴史の舞台を歩くと、飛鳥人の足音や声が聞こえてくるようだ。
[アクセス]
鉄道/近鉄橿原神宮前駅または飛鳥駅から明日香周遊バス
車/橿原バイパス橿原北IC から約10㌔
[ 問い合わせ]
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(出典:「旅行読売」2023年3月号)
(WEB掲載 2023年2月1日)
▼談山雅楽会による雅楽「蘭陵王」【談山神社】を動画でご紹介します。