打刃物のまちへ 堺打刃物【日本刀に導かれ】
堺刃物の問屋や工房が集まる環濠エリアは、歴史ある町並みも魅力。2024年3月3日には全国で唯一残る江戸時代の鉄炮鍛冶屋敷(写真)がオープンした
煙草包丁から料理包丁へ 和食文化を支える切れ味
世界的な和食ブームの中、和包丁が脚光を浴びている。家庭用にも広く使われる洋包丁の「両刃」に対し、和食のプロから支持される「片刃」が特徴だ。軽い力でスッと食材に刃が入るほど切れ味が鋭く、細胞を押し潰さないので断面は美しくうまみも逃がしにくい。素材を生かす和食において必須道具となっている。
堺市はその名産地でプロの大半が愛用者とも。堺刃物の職人たちは、600年の伝統の中で磨かれてきた強い鋼(はがね)と切れ味は機械には真似(まね)できないと胸を張る。片刃構造は複雑で、表に鋭い刃、平らに見える裏には摩擦を最小限にするくぼみがある。それらは職人が一枚一枚、鋼の状態を見極め手作業で作り上げている。
起源は堺と出雲の玉鋼(たまはがね)が結び付いた中世のほか諸説あるが、直接的ルーツはたばこの葉を刻むための「煙草包丁」とされる。江戸時代中期には他の追随を許さない切れ味を誇り、幕府の専売にもなった。その優れた技術を引き継ぐのが和包丁だ。
難点は、刃の形状から切り口が斜めに曲がりやすく、ものを真っすぐ切るにはコツが要ること。また、鋼は錆(さ)びやすく手入れが欠かせない。
まずは扱い方を学ぼうと、慶応年間(1865~68)創業の老舗問屋、和田商店へ。6年ほど前から包丁研ぎと柄(え)付けの体験を行っている。
「和包丁は使って『育てる』もの。大切に使えば使うほど手になじんできますよ」と、専務の和田高志さん。実際に研げるようになると扱う自信がつき、愛着も湧いてくる。職人が13年使い込んだ出刃包丁を拝見すると、小さくすり減ってペティナイフほどになり、使い手の体の一部になったような温かみを帯びていた。
店は「ちん電」こと、阪堺(はんかい)電車がコトコト走る大通り沿い。一帯には、堺刃物の問屋や鍛冶屋、刃付け屋の工房などが40軒ほど集まっている。
徒歩すぐの山脇刃物製作所では、刃付けや銘切りの工房見学が可能。感性と経験を頼りに、職人がいかに細かな作業を丁寧に繰り返して1本の包丁を作っているか。想像以上の手間と技術に圧倒された。
堺刃物24社の包丁が見られる堺伝匠館(でんしょうかん)も近い。コーディネーターを務めるエリック・シュヴァリエさんは、「職人の手仕事を好む人は世界中にいる。30年、50年と手入れして使う価値が堺刃物にはあると思う」と、誇らしげに語った。
和田商店
包丁研ぎ・柄付け体験は約2時間。3日前までに要予約、1万2000円。体験には同額程度の和包丁を4種から選んで使用、土産に持ち帰れる。
■10時〜18時/不定休/阪堺電車神明町または妙国寺前停留場からすぐ/TEL:072-232-1886
山脇刃物製作所
1927年に刃物問屋として創業。6年前から刃付け工場も手掛ける。見学は約15分、要予約。回転砥石(といし)の音、弾ける火花を間近に。
■10時〜17時/土・日曜、祝日休/阪堺電車妙国寺前停留場からすぐ/TEL:072-228-3335
堺伝匠館
堺打刃物のすべてを学べるミュージアム。
■10時〜17時/第3火曜休(臨時休あり)/阪堺電車妙国寺前停留場からすぐ/TEL:072-227-1001
※料金などは掲載時のデータです。
文/はるのいづみ
写真/宮川 透
(出典:「旅行読売」2024年3月号)
(Web掲載:2024年3月6日)