【夜行列車の旅】コラム サンライズの変な楽しみ方(旅の文筆家 蜂谷あす美)

瀬戸大橋を渡る瀬戸号
私のきっぷ予約術
10年ほど前までは上野~札幌の「北斗星」や、大阪~青森の「日本海」など寝台列車にも選択肢が複数用意されていたが、現在、日本で毎日運行しているのは、特急「サンライズエクスプレス瀬戸・出雲」(以下、サンライズ)のみ。通常の鉄道旅が「朝から夜へ」の時間軸であるのに対して、寝台列車は、夜から朝へと日付を跨(また)ぎながら、横たえた体を運んでいく。この魅力を知ってしまうと、もう離れることはできない。行き先である高松や出雲市に赴く理由は後付けで、「乗ること」が何よりの目的となりがち。私は記録に残っているだけで8回乗車している。
とはいえ土休日の人気は高く、きっぷ確保には運と計画が求められる。以前は、駅窓口に発売日の午前9時頃から待機、10時に駆け込んで寝台券を求める通称「10時打ち」が鉄道趣味界の定番だったものの、今はネット予約システムの利用が一般的。瀬戸号と出雲号があるうち、乗車時間の長い出雲号のほうが売り切れやすい傾向にある。私も窓口で出雲号の「10時打ち」にチャレンジし、非情にも満席と告げられたのち、脊髄反射的に「瀬戸号は?」と尋ね、なんとか寝台券を確保できた経験がある。余談だが、「喫煙」の個室は意外と穴場だったりする。
東京駅で発車を待つサンライズ。シャワー室を利用する場合は列車見学の前にシャワー券を購入しよう
話は乗車に飛ぶ。サンライズは、シャワー室が用意されており、「6分間」お湯が利用できる。サンライズ初心者の頃こそ「はたして時間内に長髪を含む全身を洗いきれるのか」とチャレンジ精神も手伝って積極的に利用していたが、シャワーは利用人数に制限がある上に、「空いているタイミング」を見計らって利用することになる。乗車中にシャワーの空きばかりが気になり旅に集中できないことがわかってからは、入浴は乗車前に済ませるようになった。個室だから味わえる、道中のやや内省的な一人の時間に集中したい。
そんなわけで発車早々に室内の照明を落とし、流れゆく駅や家々に灯(とも)る明かりの景色に集中する。もっとも、おやつや飲み物、荷物などを個室内に広げている様子が外から丸見えになるため、駅停車時には、ブラインドを半分くらい下ろすようにしている。やがて時間は経過し「寝るための列車なのに、いつまでも寝たくない」というジレンマに襲われる。出雲号はJR東日本、東海、西日本の3社、瀬戸号はこれに四国を加えた4社の路線を走る。乗務する車掌さんは会社ごとに交代することから、眠れぬ夜の車内探検時に、その制服姿をちょっと拝見し、その移動距離を感じるのも好きだ。
B寝台「シングル」2階は天井部まで窓になっている
東京行き上り列車の楽しみ
夜景に見とれて宵っ張りになりがちなサンライズ乗車だが、朝もお楽しみの景色が待っている。下りの瀬戸号なら、早朝の瀬戸内海が瀬戸大橋から満喫できる。個人的には、朝は上りのほうが好みだ。列車は6時頃に東海道本線根府川(ねぶかわ)駅付近を走行、進行方向右側の個室を確保することによって日の光を返す太平洋が拝める。また、平日ならば通勤ラッシュで大勢の通勤客でホーム上が混雑する様子を寝そべったまま眺める背徳感も味わえる。ちなみに上りのサンライズは6時44分に横浜駅、7時8分に東京駅に到着するので、首都圏で働いている方は、いったん帰宅してから、またはそのまま出勤することも可能。私は前者を選び、何食わぬ顔をして出勤した経験があるものの、その日はさすがに疲労が蓄積され仕事にならなかった。
文・写真/蜂谷あす美
瀬戸号下りのおすすめは左側の個室。朝日を映す瀬戸内海が楽しめる
(出典:旅行読売2025年8月号)
(Web掲載:2025年8月24日)