【温泉は人生の句読点だ!】佇まいに秒でヤラレる、群馬唯一の温泉銭湯 大島鉱泉<群馬>
見よ!この外観を!問答無用で“ジャケ入浴”したくなる気持ちがわかってもらえたかな? 世界遺産に登録されている富岡製糸場はここから5キロほど。こっちもねぇ、世界遺産に登録してほしかったなぁ

プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)
1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。
ジャケ入浴!自分で言っておきながら、いいなぁ、この言葉
ジャケ買いってありますよね?見た目だけでヤラレちゃって即買いしちゃうやつ。もともとはレコードやCDの「ジャケット買い」から来た言葉だけど、今ではもっと幅広く使われていますよねぇ。お菓子とか、雑貨とか、コスメとか、本とか……。まぁ、パッケージ買いっていう言い方もあるけれども、ジャケ買いのほうがなんていうか、秒でヤラレた感っていうか、ひと目惚(ぼ)れ度の愛が深いっていうか、そんなニュアンスがありますよね。
というわけで、今回はですねぇ、ジャケ買いしたくなる温泉!あ、いや、温泉だから「買い」じゃないな。え〜、〝ジャケ入浴〞したくなる温泉(ジャケ入浴!自分で言っておきながら、いいなぁ、この言葉。流行(はや)らせたいなぁ。笑)を紹介しようではないかと。いや、ホント、ひなびた温泉好きならば、きっとその見た目に、秒でヤラレちゃうだろうなぁ。
〝群馬のキンチョール温泉〞といえば?と、ここでピンときた人はかなりの温泉通だ。群馬県といえば世界遺産にもなった富岡製糸場が有名だけど、同じ富岡市内に大島鉱泉という県内最後の温泉銭湯があるんです。で、ここの外観が実にレトロで、ハートをギュギュギューッとわしづかみしてくるんです。銭湯といえばレトロな建築が魅力だけど、ここの場合はレベルが違う。しかも温泉なんだから、うれしいなぁ。
大島鉱泉の創業は大正時代。そのときの面影がどこまで残っているのかはわからないけれども、激渋なオーラを放ちながらそこに立っている。江戸東京たてもの園にある保存建物ではなく、今も営業しているバリッバリの現役だ。絶妙な位置に飾られているキンチョールのホーロー看板が、そのオーラをさらに増幅している。う〜ん、カッチョいいなぁ。
激渋空間の中のやわらかな湯
さて、そんな大島鉱泉の扉をガラガラと開けて中に入ると、これまたレトロな空間が迎えてくれる。床は改修されて新しいものの、その奥に見える浴室の扉は年季が入っていて、そこに「ゆ」と書かれた紺色の暖簾(のれん)がいい味を醸し出しながらかかっている。「この奥にいい湯があるよ〜」って語りかけているみたいに。おのずと期待値も上がってくるわけで、それは浴室に入ったとたん、一気に爆上がりする。
時が完全に昭和で止まっている激渋な空間。くすんだタイルの浴室の窓からはおだやかな光が差し込み、それが湯船から立ち上る湯気と混じり合って、懐かしい記憶の断片を呼び起こすような風情を醸し出している。なかでも目を引くのが、いかにも銭湯っぽい富士山のタイル絵と一体化したかのような激渋な湯船である。うおー!今からオレ、あの湯船につかるわけ?と、胸の高まりがレッドゾーンに振り切ることうけあいなのだ。

タイル絵は白糸の滝の向こうに富士山がそびえ立っているという、なかなかレアな構図。湯船との一体感に胸がときめく!
そして、湯につかると、スベスベ感のあるやわらかな湯。ああ、これが薪(まき)で焚(た)いた効果なんだな。そう、大島鉱泉の湯は、80歳のご主人がひとりで、冷鉱泉を薪で焚いてくれている、実にありがたい湯なのである。だからなのだろう、湯につかっていると実にいい感じに薪が燃える香りが鼻腔をくすぐって、なんだか森の中にいるようにリラックスできるのだ。ここで〝ジャケ入浴〞は間違いではなかったことを確信するはずだ。
最近は、ほら、横丁プロデューサーとかいう人たちが、いかにもな感じの、ニセモノレトロな装飾の横丁とかを都内のあちこちにつくって、それがこともあろうに流行(はや)っていたりするわけじゃないですか。まぁね、わからなくもないし、否定はしないけれどもね、でもですよ、ワタクシはそーいう、なんちゃらプロデューサーとやらに声を大にして言いたい。ホンモノレトロのオーラは違うんだって!長〜い長〜い時間の中で、自然に熟成していくようにレトロな味わいが滲(にじ)み出てくるわけで、人の手なんかでは作ることのできないものなんですよ。伊達(だて)じゃないんですよ。大島鉱泉に謝りなさい!
ま、それは冗談として、ホンモノレトロのオーラはホンモノからしか漂わない。そしてホンモノレトロはなんてったって気前がいいのだ。酒場詩人の吉田類さんが紹介するようなレトロな大衆居酒屋とかだって、めっちゃおいしいのに値段はものすごく安かったりするわけでしょ。大島鉱泉だって入浴料450円でこんな薪の香りがやさしいやわらかな湯に入浴できるわけだし。ところがなんちゃらプロデューサーとやらの偽物レトロの横丁とかって、ぜんぜん横丁価格じゃないわけ。うわべだけのおためごかしなんだなぁ……、やっぱり大島鉱泉に謝りなさい!

湯上がりに、これまた懐かしい瓶のサイダーを、腰に手を当てて飲もう! ん~サイコー!
文・写真/岩本 薫
♨今月のひなびた温泉
大島鉱泉 (群馬)
◎料金:入浴450円(13時〜19時/不定休)
◎泉質:単純硫黄冷鉱泉
◎アクセス:上信電鉄上州一ノ宮駅からタクシー約5分/上信越道富岡ICから5キロ(駐車場あり)
◎住所:群馬県富岡市大島148
◎TEL:0274-62-1490
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2026年5月号)
(Web掲載:2026年5月9日)


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