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トキワ荘通りから雑司が谷へ。マンガ家たちの青春の地を歩く(5)

場所
> 豊島区
トキワ荘通りから雑司が谷へ。マンガ家たちの青春の地を歩く(5)

トキワ荘ゆかりの地である「片山菊香堂と鈴木園」跡地の看板の近くには南長崎二丁目(旧・椎名町四丁目)バス停留所があり、トキワ荘のマンガ家たちがよく利用していた

トキワ荘のマンガ家住人第一号として1953(昭和28年)に入居した手塚治虫氏は翌年には同じ豊島区内の雑司が谷に引っ越した。トキワ荘の後進たちは、手塚に会いに行くために、目白通りの南長崎二丁目(旧・椎名町四丁目)バス停留所からバスに乗ったらしい。

「手塚治虫先生に会う」ためバスで雑司が谷へ

手塚先生に会いに行く若きマンガ家になったつもりで、バスに乗った。

鬼子母神前バス停留所で降りて、「雑司が谷案内処」に向かう。その裏手にかつて手塚氏の仕事部屋兼住居があった。案内処2階には、当時の仕事場の様子を手塚自身が描いたパネル画があった。そこには、手塚先生に会いに来た学生風のマンガ家たちの姿があった。

けやき並木に面した「雑司が谷案内処」(TEL03・6912・5026)
けやき並木に面した「雑司が谷案内処」(TEL03・6912・5026)

鬼子母神堂前の駄菓子屋「上川口屋」に行く。店頭に立っていた内山雅代さんは「10代の頃、店番をしていてベレー帽姿の人がよく散歩をしているのを見た。それが手塚先生だってあとでわかったのよ」と言う。仕事部屋を抜け出し、鬼子母神堂の前でひと休みするマンガの“神様”の姿が目に浮かんだ。

「上川口屋」。創業は江戸時代の1781年
「上川口屋」。創業は江戸時代の1781年

(出典:「旅行読売」20192月号臨時増刊)

Writer

藤原善晴 さん

月刊「旅行読売」編集部に2019年12月まで勤務。現在読売新聞東京本社文化部。瀬戸内海が見晴らせる広島県安芸津町風早(現・東広島市)生まれ。レトロブームということもあり、最近は「昭和」という言葉に敏感に反応。また、故郷が「令和」の典拠となった万葉集ゆかりの地であるため、福岡県太宰府市、奈良県、富山県高岡市、鳥取県など各地の「万葉集」ゆかりのニュースにも目を光らせている。