のどかな海山の景色に現代アートが溶けこむ豊島
豊島美術館
心臓の鼓動音に包まれる空間
真っ暗な小さな部屋に、心臓音が大きく響いている。その鼓動に合わせて、天井からつるされた小さなランプが光を放つ。一瞬だけ、壁が天井が見える。不安と安堵が交錯する。
私は今、豊島(てしま)の東端にある「心臓音のアーカイブ」にいる。ここは、フランスを代表する現代アーティストのクリスチャン・ボルタンスキーが、人が生きた証として心臓音を収集するプロジェクトを展開する施設だ。自分の心臓音を採録しCDに収めて持ち帰ることもできる(有料)。
部屋に響く心臓音は次々と変わり、どこの国の誰の音なのかが表示される。音の強弱、スピード、リズムは千差万別。聴覚とわずかな視覚だけが機能する空間にいて、頭の中に心電図の波形が浮かんだ。そして現代アートの裾野の広さに衝撃を受けた。
なぜ豊島に来たのか。小豆島の西、約4キロに浮かぶこの島は、のどかな自然に加え現代アートの美術館が点在する芸術の島でもあるからだ。
水滴のような形をした豊島美術館
心臓音のアーカイブに続いて、豊島美術館を訪ねた。ここでも美術館の概念を打ち壊された。
小高い丘に建てられた水滴のような形の建物は、アーティスト・内藤礼と建築家・西沢立衛(りゅうえ)によるもの。広さ40メートル×60メートルの空間を、柱が1本もないコンクリートシェル構造の白い壁が曲線を描いて覆っている。天井にある2か所の開口部からは、空や雲、森の木々の先端が見え、風の音、鳥の声が響いてくる。太陽光による光の輪が少しずつ動いてゆく。ここにいるだけで、体の重心がすうっと下に移動して、全身の力が抜けて地面に座り込みたくなる。まさに「落ち着く」空間なのだ。
家浦港近くの豊島横尾館は、アーティスト・横尾忠則と建築家・永山祐子によるもの。なぜか庭石が真っ赤に塗られている。古民家を利用した展示空間は、光や色が絶妙にコントロールされ、横尾忠則の作品の迫力に圧倒された。
現代アートを語るには紙幅も知識も足りない。百聞は一見にしかず。まずは豊島を訪ねてほしい。認識が改まるに違いない。
文/渡辺貴由
【お願い】豊島では新型コロナウイルスの感染拡大防止の注意喚起を行なっています。「住民の多くが高齢者であり、十分な医療体制、救急搬送体制が整っていません。咳や発熱、風邪の症状があるなど、少しでも体調が悪い方は、来島をお控えください」
アクセス:高松港から高速船35分で家浦港。高松―唐櫃港間の高速船、宇野―家浦港間と小豆島の土庄―家浦港間の旅客船・フェリー、直島(宮浦港)―家浦港間の高速船などもある
問い合わせ:TEL0879・68・3135(豊島観光協会)
(出典「旅行読売」2019年8月号)
(ウェブ掲載 2020年8月25日)