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旅へ。(第6回)

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旅へ。(第6回)

太古の記憶を宿す御射鹿池(みしゃかいけ) 魁夷の「青」も秋色へ

静かな水面に深い緑が投影され、白馬が水辺をゆっくりと通り過ぎようとしている。「青の画家」といわれる東山魁夷の作品「緑響く」は、長野県・奥蓼科の御射鹿池の幻想的な光景を描いている。森にたたずむ画家には、モーツァルトのピアノ協奏曲の柔らかな調べが聞こえていた。風にそよぐ木々はオーケストラ、白馬の幻はピアノが奏でる旋律。魁夷の「青」に魅せられて訪れた御射鹿池は太古の記憶を宿し、神秘の色に染まっていた。

不思議な名称は諏訪大社に捧げる鹿狩りの神事に由来する。縄文の記憶である。1万5000年前から森で暮らした狩猟採集の民。火焔土器の迫力には、「芸術は爆発だ」と吠えた岡本太郎も「ドギッとする」と絶句した。激しい水流をモチーフにした水煙土器にもエネルギーがほとばしっている。「縄文のビーナス」「仮面の女神」と名付けられた土偶は祭祀に使われたようだが、型破りの芸術家だった岡本ならずとも、精神の深みに圧倒される。

コロナ禍で人の姿が減ったからだろうか。信州の旅では野生動物に何度も遭遇した。クマザサが茂る斜面を転がる子熊と目が合い、八ヶ岳の森では草を食む子鹿に出会った。山から里へ、旅のゴールは四方に御柱がそびえる諏訪大社だった。7年目ごとに立て替える御柱祭は山の巨木を切り倒し、里に曳行する神事。米作りを拒み、森とともに暮らした列島最後の縄文王国もやがては弥生の波に飲み込まれ、御柱は山の民と農耕の民の融和のシンボルになった。

御射鹿池は山の清らかな水で里の田畑を潤す役割を担っている。そのために神野と呼ばれた地に人の手で造られたのだが、融和の心は現代にも生きている。山々は秋色に染まり、緑濃い魁夷の青も、今は鮮やかな紅葉に彩られている。縄文人は1万年以上も四季とともに暮らしてきた。究極のサスティナブル(持続可能性)。この国の古層には彼らの記憶が刻み込まれている。神秘の森が紡いできた旋律にかすかに触れたような気がした。

(旅行読売2020年12月号)

Writer

三沢明彦 さん

元「旅行読売」編集長

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