全8室に露天付く“迷宮”の宿
遊季亭(1泊2食平日2万3250円~)の半露天風呂とテラス。テラスも11平方㍍ある
文人墨客に愛された温泉地
宿の規模を想像する手がかりとしてはまず、客室数があるだろう。10室の旅館より、100室のホテルの方が、数値的に「大きい」のは当然のことだ。長野県の北部、志賀高原のふもとに宿が点在する上林温泉の「湯宿せきや」は、客室わずか8室。敷地も広いわけではない。しかしながら「小ささ」を感じることなく、大型ホテルに負けない「ゆとり」があった。数値では計りきれない「広さ」があった。
北陸新幹線長野駅から乗り継いだ長野電鉄の列車は、リンゴやブドウの畑が広がる盆地をゆっくり進んで行った。遠くの山々の頂は、11月の終わりに早くもうっすらと雪をかぶっていた。やがて平地も一面の銀世界となる。温泉が恋しくなる季節はもうすぐだ。終点の湯田中駅から送迎車で10分ほど。木立に囲まれて宿が立つ上林温泉は、文人墨客にも愛された閑静な温泉地だ。
主人自ら全国の宿巡り研究
湯宿せきやは、大正元年の創業。玄関やロビーがある棟は築100年以上というが、重厚かつモダンな設えに古さは感じない。
20年ほど前に、「旅行スタイルも多様化していくこれからは、ほかの宿と徹底的に差別化を図らなくてはいけないと考えた」と主人の関守夫さん。全国各地の温泉宿を泊まり歩いているうちに露天風呂付き客室の魅力にひかれ、自らの宿の客室にも露天風呂を設置することを決意。徐々に改装を重ね、2011年に全室に露天風呂を付けるに至ったという。
古くからの建物は2階建てだが、増築した棟には3階建て部分がある。池や中庭を越えて建物をつなぐ渡り廊下が続き、階段も複数ある。2間、3間をつなげて1部屋とするなど大幅に改装したためか、館内は複雑な造りだ。チェックイン時にひと通り案内されたが、初めてなら、まず迷う。その迷路、迷宮のような造りが、客室数以上に広いと感じさせる要因の一つだ。
全室にマッサージチェアも
客室は4タイプ。42㌻の写真の遊季亭は最もリーズナブルなタイプで4室ある。10畳和室にベッドルーム、広縁が備わり、半露天風呂は森に向かって大きく視界が開けている。木製のチェアとテーブルが置かれたテラスも広々としていて、事前にホームページで見た間取り図以上に広く感じた。ほかに3間続きの部屋、ミニキッチン付きの部屋などもある。
まずは湯の感触を確かめるべく湯船に身を沈めると、ナトリウムやカルシウムを多く含む湯は滑らかな肌触り。晩秋の静かな森を見ながら、雪景色や新緑を想像した。湯上がりにはバスローブに身を包み、全室に設置されたマッサージチェアで体をほぐす。取材でなければ「もう部屋からは出たくない」というのが本音だが、迷宮のような館内をひと巡りした。
オーディオサロンでまったり
まずはロビー近くのオーディオサロンへ。オーディオ好きの間では高級スピーカーとして評判のTANNOY社のスピーカー、真空管アンプ、レコードプレーヤーから流れる音楽を聴きながら、1杯無料サービスのウイスキーをいただきほろ酔い気分に。1階の読書室でも高級スピーカーからクラシック音楽が流れ、ソファに腰かけて写真集のページをめくった。
源泉かけ流しの客室露天風呂だけでも満足できるが、「大浴場や貸切風呂にも入りたい」と言う客の要望に応えるために、大浴場と3種の貸切露天風呂もある。大きな樽風呂が空いていたので、タオルを取りに戻って入る。湯船は腰の上まである深さで、客室露天風呂とは違う開放感が心地良かった。
ほかの貸切露天風呂も、8室の宿ならパブリックのそれとしても十二分の広さがある。これも客室数だけでは計れない魅力だ。
随所に散りばめられたもてなしの心に余すところなく触れるには、14時のチェックインを待って早々に訪ねたい。
文/渡辺貴由 写真/三川ゆき江
<宿データ>
1人分宿泊料金(消費税・サービス料・入湯税など諸税込み)※2020年12月17日現在
1泊2食平日2万3250円~(2人1室)、同1万8850円~(4人1室)、休前日2万6550円~(2人1室)、同2万1050円~(4人1室)
<公式サイト>
TEL:0269-33-2268
(出典「旅行読売」2021年2月号)
(ウェブ掲載2021年2月24日)