ひとりで何日か連泊したいB・B・C長湯
山岳関係の書籍を多数収める「冬人庵書舎」。連泊中の女性は「もう何冊か読みました。このチェンバロも素敵ですね」
“林の中の小さな図書館”で過ごす自分時間
長湯温泉のB・B・C長湯はユニークな宿だ。施設自体に風呂がない。部屋は全室書斎・キッチン付きの一戸建て。プランは朝食付きだけで夕食は外の店か自炊でとる……。一見斬新だが、連泊したい者から見れば、これほど合理的な宿はない。
宿名はB=ベッド、B=ブレックファスト(朝食)、C=カルチャー(文化)の略で、まず夕食がない分、料金が安い。全室離れなので生活音がなく閑静。個室キッチンで自炊できるうえ、Wi-Fi付きの書斎を備え、リモートワークもできる。併設の私設図書館で本を読んで過ごしてもいい。2008年のオープン以来、リピーターが付き、特にシングル2室は部屋指定で予約が入ることも多いそう。
「大丸旅館の常連であるドイツ文学者の池内紀(おさむ)さんと、『住むように泊まる宿があったらいいね』と話していて、対岸のクヌギ林を拓いて造りました。コンセプトは“林の中の小さな図書館”。旅行作家の野口冬人(ふゆと)さんから、山岳関係の蔵書約1万3000冊を寄贈していただき、『冬人庵書舎』と名付けました」
そう話すのは長湯を代表する老舗、大丸旅館の前社長で、現竹田市長の首藤勝次さん。「食事や風呂は外で。温泉街全体を楽しんでいただきたいのです」
宿に風呂はないものの、大正時代創業の名旅館、大丸旅館の内風呂には無料で、また系列の外湯・ラムネ温泉館には通常500円のところ100円で入れる。
設立に関わった故・野口さんは、過去長きにわたり月刊旅行読売に「現代湯治の宿」を連載。現代人と温泉との関わり方を見直し、新しい湯治の形をメディア側から提案した。
実際に泊まった感想は、旅慣れた温泉好きには「快適」のひと言。夕食は温泉街に数軒ある食堂でとるか、バス停前の道の駅で食材を買い自分で作る。風呂は大丸旅館まで数分歩くものの、それが適度な運動になる。芹川沿いに点々と湧く御前湯、長生湯、万象の湯など外湯を巡ってもいい。宿で電動アシスト付き自転車を借り、七里田(しちりだ)温泉などに遠出もできる。
シュワシュワの炭酸泉で若返る!?
東京都八王子市から来た80代の女性はシングルに12連泊しているという。「野口冬人さんの著作『この温泉で10年寿命が延びる!』(実業之日本社)に載っていて来たかったのです。高血圧症で各地の湯治場に通いましたが、ここは最高ですね。地元の皆さんがとにかく親切。寒さを感じなくなったのは、毎日じっくり温泉に入るので体温が上がったからかもしれません」。そんな体験談を聞くと、「温泉で若返る」も絵空事ではないかもと思う。
くじゅう連山麓の町にこんこんと湧き出る湯もまたユニークだ。花王が入浴剤「バブ」開発時に参考にしたという国内有数の炭酸泉。川沿いの約3㌔の間に源泉が密集し、40度以上の湯は炭酸が飛んでわからないが、30度台のぬる湯に入ると体にびっしりと気泡がつく。
温泉街で温泉療法を研究する伊藤医院の伊藤恭医師は解説する。「温浴によって血管が拡張され血流が良くなり、栄養が行き渡って細胞が活性化され、老廃物を排出しやすくなります。温泉はさら湯より保温効果が高く、疼痛に効果的。長湯温泉の炭酸ガスはさらに皮膚の血流を増やす効果があります」
自治体が長期滞在をサポートする仕組みを率先して作り出しているのも面白い。地元の竹田市は「竹田式湯治パスポート」を発行して市内に3泊以上した人を対象に給付金を還付する制度を2011年に確立。日本初の温泉療養保健システムとして注目されている。
すべての始まりは30年前、ドイツの温泉保養地バーデン地方への視察から始まった……が、詳述には紙幅が足りない。湯中運動などの専門施設とレストラン・ホテルの複合施設「クアパーク長湯」が2019年4月に開業し、ヨーロッパ型温泉保養地と日本型湯治場をミックスした温泉地として進んでいくようだ。
「長湯は小さな温泉地。別府や由布院のようにはなれませんが、すばらしい温泉と環境がある。それを生かすことが未来に繋がると考えました」。首藤市長の言葉が実現しようとしている。
文・写真/福崎圭介
住所:大分県竹田市直入町長湯7788‐2
交通:豊肥線豊後竹田駅から長湯行きバス50分、道の駅ながゆ温泉下車徒歩8分/熊本空港から76㌔または大分道湯布院ICから36㌔
TEL:0974-75-2841
観光の問い合わせ:TEL:0974-75-3111(長湯温泉観光案内所)
(出典 「旅行読売」2019年3月号の記事に加筆)
(ウェブ掲載 2021年2月18日)