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旅へ。(第10回)

場所
> いわき市
旅へ。(第10回)

「あの日」から10年。そしてコロナ禍との闘いは続く

作詞家・星野哲郎は薄磯海岸(福島県いわき市)から、断崖にそびえる塩屋埼灯台=写真=を見上げた時、戦後という時代を照らし続けた美空ひばりの姿に重なったという。1987年のことである。昭和は終焉を迎えつつあり、ひばりは入院していた。大海原に光を放つ孤高の灯台に歌謡界の女王の孤独を見て、星野は「みだれ髪」を書き上げた。吹きつける風、運命を受け止める覚悟をひばりの復帰第一作に託したのであろう。

東日本大震災から10年、被災地・福島を訪ねた。2011年3月11日、津波はみだれ髪の歌碑が立つ海岸にも押し寄せ、薄磯地区では120人以上の犠牲者を出したという。その日は地元の中学校の卒業式でもあった。卒業生を送ったピアノは泥にまみれたが、「思い出を瓦礫にさせない」と地元の調律師が蘇らせた。「嵐」の櫻井翔さんがその年の紅白歌合戦で奏でた、あの「奇跡のピアノ」である。

卒業メッセージが残る黒板とともに、昨年5月にオープンしたいわき震災伝承みらい館に展示され、復興のシンボルとなった。

いわき震災伝承みらい館に展示された「奇跡のピアノ」

地震、津波に加え、原発事故に遭った福島にとって、10年の歳月はあまりにも短い。 JR常磐線は昨年3月に全線開通したが、不通区間だった駅周辺の民家は朽ち、荒涼とした光景が広がっていた。一方で、再生に向けたチャレンジも始まっている。双葉駅からバスで向かった東日本大震災・原子力災害伝承館では課外学習の高校生と遭遇した。真剣な眼差しは頼もしく、彼らの中からは、強い意志を持った挑戦者が現れるに違いない。

平成になって間もなく、孤高の女王は世を去った。命尽きるまでステージに立ち続けたのも、ファンの支えがあったからだろう。塩屋埼灯台は木下惠介監督の映画「喜びも悲しみも幾歳月」(1957年公開)の舞台でもある。灯台守の夫婦を描いた物語は、暗い海を照らす光も、名もなき人の献身に支えられていたことを教えている。コロナ禍との闘いは2年目に入った。政治と国民が別々の方向を見ているような状況が好ましいわけがない。苦難の道を歩む被災地の声に耳を傾けるなら、私たち一人一人に覚悟がなければ、希望の光は灯らない。

(旅行読売2021年4月号から)

(WEB掲載:2021年3月15日)

Writer

三沢明彦 さん

元「旅行読売」編集長

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