秩父・そばの里で霊場参拝
円融寺本堂の脇に鎮座するお地蔵様に静かに手を合わせて
武甲山そびえるそばの里へ
都心から、電車でも車でも訪れやすい秩父。のどかな風景が広がり、秋の味覚・そばの里でもある。今回は、秩父札所4寺を巡り、名物のそばを味わう旅に出た。
秩父34ヶ所観音霊場は鎌倉時代の1234年開創と伝わり、庶民から厚く信仰されてきた。坂東33か所、西国33か所とあわせ、日本百観音に数えられている。
こぢんまりとした秩父鉄道影森駅に降り立つと、すぐ前に秩父のシンボル・標高1304㍍の武甲山がその雄姿を見せる。駅から閑静な住宅街を歩き、最初に26番札所・円融寺を参拝する。本堂脇にたたずむ愛らしい表情のお地蔵様にもそっと手を合わせた。
展望ハイクを楽しみながら
円融寺から次の27番札所・大渕寺までは里道を歩いて20分ほど。要所に道しるべが掲げられているので、歩きやすい。
風情を楽しむなら、円融寺の観音堂である岩井堂へも参拝し、眺望のよい琴平ハイキングコースを歩いて大渕寺へ向かうルートがいい(徒歩約1時間)。昭和電工の敷地を通り、琴平神社の鳥居の右脇から約300段の苔むした石段を上った先にある岩井堂は圧巻。岩場にせり出した懸崖造りの御堂は江戸中期の建築だ。秋にはモミジ、カエデが彩りを添える。
本堂の背後から白亜の護国観音が見守る大渕寺の境内に湧く延命水は、「ひと口飲むと33か月長生きできる」と伝わる。月影堂と呼ばれる木立の中の観音堂には、金色の聖観音像が安置されていた。
爽やかな木々の巡礼道
森閑とした巡礼道をさらにたどり、28番札所・橋立堂へ。高さ約75㍍の石灰岩の断崖の下にたたずむ、朱塗りの観音堂が目を引く。秩父札所の観音様の中で唯一、馬頭観音を祀る。
「この地はかつて馬が休憩する場所だったようですよ」と、受付の女性が優しい笑顔で教えてくれた。馬が貴重な輸送手段だった時代から、交通安全の観音様としてもあがめられてきたのであろう。
境内には、県内では珍しい内部公開をしている橋立鍾乳洞がある。鍾乳石、石柱、石筍などが見られる洞内は広くはないが、その分、この自然の造形が昔から「胎内くぐり」の霊場として信仰されてきたことを実感できた。
庭園に癒やされて
この先、29番札所・長泉院へ続く巡礼道も周辺は自然が豊か。道しるべに従い雑木林を抜ける。浦山川にかかる諸上橋を渡りながら、堤頂長372㍍もある浦山ダムが間近に迫った。
坂を上がると、入り口に大きなお地蔵様がたたずむ長泉院。参拝の際、本堂の天井に注目しよう。千社札が貼られているように文字を彫り、黒漆を塗った格天井になっている。境内には、枯山水庭園も広がっている。
「辺りの紅葉は見頃が11月中旬です。紅葉に合わせ、17時~20時に境内をライトアップします」と住職の小川徹真さんは話す。
そばの妙味に感動
長泉院のある荒川地区はそばの里として親しまれている。
「荒川地区には大小のそば畑が点在しています。そばの花の見頃は例年9月下旬~10月上旬。10月下旬にそばの実を収穫し、新そばを提供できるのは11月上旬です」と荒川商工会の新井正敏さん。長泉院の先にもそば畑が広がっているが、ここは巡礼道からは少し外れ、国道140号周辺のそば畑と武甲山を眺めながら歩きたい。
武州中川駅近くのそば道場あらかわ亭で、遅めの昼食。名物のそばに舌鼓を打つ。地元荒川地区のそば粉にこだわった手打ちそばを辛めのつゆにつけて口に運ぶと、そばの香りと甘みが口の中に広がった。
新型コロナウイルスの影響で、例年とは異なる秋。それでも次第に山々は紅葉に染まり、新そばの季節は訪れる。いつもと変わらない里山を歩いていると心安らぎ、気持ちだけは普段の自分に返れたような気がする。
文/荒井浩幸 写真/阪口 克