【旅する喫茶店】漱石珈琲店 愛松亭(松山)
天井が高くゆったりとした造りの店内。窓の外の新緑がまぶしい
松山を愛した文豪を思いファンが集う
松山市の中心部にありながら城下の濃い緑に包まれて立つ店の軒先で、2匹のネコが日なたぼっこをしていた。
1895(明治28)年、愛媛県尋常中学校の英語教師として赴任してきた夏目漱石。彼が最初に住んだのが愛松亭(あいしょうてい)である。江戸時代には松山藩の家老屋敷、明治になって料理店、骨董店となった家の2階に漱石は2か月ほど下宿。「小生宿所は眺望絶佳の別天地」と正岡子規に宛てた書簡に綴(つづ)ったという。
漱石の松山での出発点となったこの地は今、漱石珈琲店として多くのファンを集めている。建物こそ新しくなったが、漱石がよく弓を引いたという裏手の森や四方に茂る緑は、きっと当時のままであろう。すぐ近くに大正期に建てられた純フランス風の社交場、萬翠荘(ばんすいそう)が立ち異国情緒すら漂う。
店内には物憂げな表情の漱石の写真が飾られ、古い全集も並んでいる。聞けば2匹のネコの名前は、夏目坊ちゃんと夏目マドちゃん。人懐こく旅人を迎えてくれる。
ペット同伴もできるテラス席に出ると、車輪を軋ませて走る路面電車の音が聞こえてきた。漱石もそれに乗って道後温泉辺りへも出かけたのだろうか。そう思いながらフルーティーでコクのある「漱石珈琲(コーヒー)」を飲み干した。
文/渡辺貴由 写真/齋藤雄輝
住所:愛媛県松山市一番町3-3-7
交通:伊予鉄道大街道駅から徒歩5分
TEL:089-993-7500
(出典 「旅行読売」2021年6月号)
(ウェブ掲載 2021年7月5日)
旅行読売出版社「旅する喫茶店」2021年9月1日(水)発売 定価1430円(税込)