【鉄印帳の旅】智頭急行、若桜鉄道(2)
アユ釣りで人気の八東川を渡る観光列車「昭和号」(写真/若桜鉄道)
古い木造駅舎の駅に途中下車
翌日は、昭和の香り漂う若桜(わかさ)鉄道を目いっぱい楽しもうと早起きした。鳥取駅から因美(いんび)線を経由し、郡家(こおけ)駅から若桜行きの列車に乗り込む。床やつり手に木材を使用した車内に、赤、青、緑のカラフルなモケット生地の座席が並んでいた。若桜鉄道ご自慢の観光列車「八頭(やず)号」である。デザインは「ななつ星in九州」も手がけた水戸岡鋭治氏によるものだ。
検札に来た車掌さんから「1日フリー乗車券」を買う。片道440円なので、1往復すれば元がとれる。
若桜鉄道が国鉄(当時は鉄道省)若桜線として全線開通したのは昭和初期の1930年。昨日の智頭急行とは打って変わり、開業から90年超えの路線で、その違いも楽しみたい。若桜鉄道の、八つある駅のうち、因幡船岡、隼(はやぶさ)、安部、八東(はっとう)、丹比(たんぴ)、若桜の6駅が開業当時の姿を留める木造駅舎。これら駅舎のほか、ホームなど23の鉄道施設が国の登録有形文化財に登録されている。
まずは、映画「男はつらいよ」のロケ地にもなった安部駅で下車。次にひと駅戻って隼駅に降り立つ。隼駅は板張りの外観に加え、きっぷ売り場や手小荷物窓口などが往時のまま。さらにこの駅は同名のスズキの大型二輪車「ハヤブサ」ユーザーの聖地にもなっている。駅にいる間にも、大きなバイクに乗ったライダーが訪ねてきた。
懐かしさと温もりのローカル線
1時間半後の列車で隼駅を後にし、終点の若桜駅に到着。水戸岡氏の手によりリニューアルされた駅舎に迎えられた。どこからかコーヒーが香ると思えば、駅に併設する「わかさカフェ retro(レトロ)」で、マスターの倉田隆志さんが丁寧にコーヒーをドリップしていた。「マスターいつものね」と常連さんがコーヒーを注文。駅に立ち寄った地元の方も思わず足を止めている。
さっそく窓口で鉄印を求めると、総務部長の矢部雅彦さんが、自ら毛筆で日付を書き込んでくれた。「周りの[SHOWA][YAZU][WAKASA]は観光列車の名前なんです」という。素朴なデザインがかわいらしい。
駅周辺にはレトロな街並みが広がる。若桜民工芸館に立ち寄り、太田酒造場をのぞき、ゆっくり散策した。駅に戻ると、ご婦人方が駅前の花壇に花の苗を植えていた。話をうかがったところ、シルバー人材センターの方々で、町の支援で定期的に活動しているという。花壇には植えられたばかりの花々が、小さな彩りを添えていた。
駅を接点に鉄道と街の人々のつながりが感じられる。旅人がローカル線の旅に求める懐かしさや温もりが、若桜鉄道にはそこはかとなく漂っている。
旅から帰り、鉄印帳を開くとき、智頭と若桜の旅で出会った温かいものが、鉄印の文字間によみがえってくることだろう。
文・写真/米屋こうじ
(出典「旅行読売」2021年8月号)
(ウェブ掲載2021年11月24日)