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文化財の宿でひとり湯ひとり酒

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文化財の宿でひとり湯ひとり酒

嵐渓荘

秘湯の一軒宿へ

ローカル線に揺られ、路線バスを乗り継ぎ、山道を歩いて向かう秘湯もいいが、もう少し気軽に出かけたい時もあるだろう。東京駅から新幹線と送迎車で3時間弱。日帰りもできる秘湯の一軒宿が、新潟の越後長野温泉 嵐渓荘である。

編集部のスタッフもたびたび宿泊し、各々が「塩分豊かな湯がいい」「渓流沿いの環境が素晴らしい」「朝食の温泉粥がおいしい」と魅力を語る。秋の夜長にひとり湯につかるなら、と思い定め、秋晴れの日に中越の山峡を訪ねた。

涼やかな風が渡り、スイスイとトンボが飛ぶ。瀬音に交じって水車が音を立てる、のどかな山里の風景だ。越後山脈の名峰・守門岳から流れる守門川に沿って、3000坪の敷地が広がっている。望楼を頂く木造3階建ての建物が、国登録有形文化財の緑風館。昭和初期の料亭旅館を移築したもので、それぞれ意匠の異なる客室に泊まれる。宿泊棟はほかに渓流を望む渓流館、山側のりんどう館があり、全17室。どの客室タイプも、空きがあればひとり泊が可能だ。

緑風館は燕駅前にあった小川屋旅館を移築。2012年に国の登録有形文化財に登録された
緑風館は燕駅前にあった小川屋旅館を移築。2012年に国の登録有形文化財に登録された

一帯はかつて海の底だった

入母屋造りの玄関を入ってラウンジ「ひめさゆり」へ向かい、源泉を合わせたほうじ茶をいただく。ひと口飲み、塩味とうま味に驚いた。これが嵐渓荘の強食塩泉か。

「この辺りは昔、海でしたからね」と4代目主人の大竹啓五さん。「道中で八木ヶ鼻をご覧になったでしょう? あれは600万年前に海底火山が噴火してできたんです。隆起したのは200万年前だとか」。確かに五十嵐川沿いを走る車の中から、そそり立つ岸壁を見た。かつての海の底から、塩分とミネラル分がしみ出し、温泉が湧く……。壮大な話が、じんわりと体にしみ込む源泉ほうじ茶によって現実味を帯びてくる。

4代目主人の大竹啓五さんと若女将の大竹由香利さん
4代目主人の大竹啓五さんと若女将の大竹由香利さん

塩分豊かな湯を全身で堪能

創業は1927年。初代が突如この地を掘り始めて2年後に温泉が湧き出し、湯治場としてスタートした。やけどやあせもに効いたことから、温泉は当初、薬としても販売されたという。泉質はナトリウム―塩化物冷鉱泉。1㍑あたり10~15㌘の塩が含まれる。

風呂は男女別大浴場と無料貸切風呂が二つ。いずれも内風呂に露天風呂が付く。まずはチェックイン時に予約した貸切風呂の「石湯」へ。木々の緑が目に優しく、滑らかな湯が肌にまとわりつくよう。敷地内で湧く源泉の湧出温度は16・5度で、加温したぬるめの湯が心地いい。そして貸切風呂の楽しみが「露天で一杯セット」。酒器入りの木桶を湯に浮かべ、地酒を飲みながらのひとり湯。これ以上の贅沢があるだろうか。夜はもう一つの貸切風呂「深湯」に入ることとしよう。

緑風館の客室「千草」は8畳+6畳に広縁が付く。トイレ・洗面は共同
緑風館の客室「千草」は8畳+6畳に広縁が付く。トイレ・洗面は共同
貸切風呂「石湯」の露天風呂は五十嵐川の石で組まれている
貸切風呂「石湯」の露天風呂は五十嵐川の石で組まれている

湧水での美味料理

夕暮れ時、灯のともる緑風館に隠れ宿の風情を味わっていたら、食事の時間となった。夕食は山里会席。自家製の野草酒、前菜に続いて登場したのは鯉の洗い。泥臭さがなく歯応えがいいのは、湧水のおかげだそう。嵐渓荘は水道が通っておらず、全館で「真木の清水」を使用している。地鮎の塩焼き、ぜんまいの一本煮、にいがた和牛の石焼き……。滋味深くボリュームのある料理を、下田産コシヒカリの栗ご飯で締める。翌朝の温泉粥への期待も高まった。

水菓子で出された「山の塩羊羹」を購入しようと、食後は売店へ。白インゲンの餡に源泉が練り込まれ、土産にぴったりの逸品だ。もう一度湯につかる前に、ラウンジのバーカウンターで一杯、もいい。コロナが落ち着けば、隣り合った客との会話も楽しめるだろう。

就寝前、客室で宿泊客が自由に記せる「旅日記」をめくってみた。ひとり旅の記述もちらほら。たくさんの「再訪しました」「また来ます」の文字に、大竹さんの言葉を思い返す。「心がけているのはバランスを取ることです。秘湯の鄙びた風情も、快適性も大事。山里の素朴な料理も、新潟の海鮮や牛肉も食べてほしい」。だからリピーターが多いのだと深く感じた。

文/内田沙希子 写真/斎藤雄輝

山里会席のフルコースは全13品。全11品の控え目コースもある
山里会席のフルコースは全13品。全11品の控え目コースもある

越後長野温泉 嵐渓荘

住所:新潟県三条市長野1450

交通:上越新幹線燕三条駅から送迎バス50分

TEL:0256-47-2211

 

(出典「旅行読売」2021年12月号)

(ウェブ掲載2021年12月24日)


Writer

内山沙希子 さん

京都生まれ。本や雑誌を作る仕事を求め、大学在学中に上京。その後、美術館やレストラン、温泉宿、花名所、紅葉名所等のガイドブックを中心に、雑誌や書籍の企画・編集に携わる。2017年頃から月刊「旅行読売」で原稿の執筆を開始。「旅行読売」での取材を通して、鉄道旅に目覚めるかどうかは未知数。

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