【旅する喫茶店】喫茶 田園(熱海温泉)
木製の扉を開けると岡本さんが「家族」と呼ぶ彫刻が目に飛び込んでくる
彫刻と鯉の泳ぐ池が生み出す、熱海のくつろぎ空間
熱海のシンボルともいえるのがサンビーチの、尾崎紅葉の小説『金色夜叉(こんじきやしゃ)』にちなむ貫一・お宮の像だ。像の作者は彫刻家・館野弘青(たてのこうせい)である。像から徒歩7分の喫茶田園には、巨大な彫刻と鯉が泳ぐ池があり、客はレトロという言葉だけでは表せない、独特な空気感に包まれる。
「国鉄鉄道員だった父が1959年に開業しました。当時は新婚旅行ブームもあり、1日18時間も営業を続けるような店でした。木造店舗から鉄筋に建て替えたのが6年後。その時に熱海に滞在していた館野さんに依頼して彫刻を作ってもらったのです」と、2代目の岡本博海さん。高校生の時から皿洗いを手伝っていた博海さんは、大学卒業後の1970年に店を引き継いだ。名物はナポリタン。ケチャップを用いても、さらりとした仕上がりで、とても食べやすい。オリジナルブレンドコーヒーやパフェ類も人気だ。
「街を散策する時に、喫茶店はなくてはならない存在だと思うのです。だからこそ、喫茶店は街に溶け込んでいないといけない」
父から引き継いで半世紀。そんな思いで田園を守ってきた。最後に海に近いのに、なぜ田園という名称なのかをたずねてみた。
「父の愛読書は島崎藤村で、『藤村田園読本』からとったようです」と、博海さんが笑った。
文・写真/篠遠 泉
喫茶 田園
住所:静岡県熱海市渚町12-5
交通:東海道新幹線熱海駅から徒歩15分
TEL:0557-81-5452
(出典:「旅行読売」2022年4月号)
(WEB掲載:2022年5月8日)