【文化財の宿】NIPPONIA播磨福崎 蔵書の館
本と光が降り注いでくるように感じられる客室「米蔵」(明治前期築)。読書好きだけでなく日常生活では味わえない空間を体感したい人に人気
築300年の旧大庄屋宅で耽読の喜び
「国・都道府県の指定文化財がホテルになるのは全国初」とのニュースに誘われて、播但(ばんたん)線福崎駅に降り立った。
古くから、南北を貫く生野街道と東西を結ぶ北条街道が交差する、播磨の交通の要衝として栄えた福崎町に、築300年の兵庫県指定重要有形文化財「大庄屋(おおじょうや) 三木家住宅」がある。その建物9棟のうち、離れや蔵など6棟を改修し、ホテルとして2020年11月にオープンしたのが「NIPPONIA播磨福崎 蔵書の館(にっぽにあ はりまふくざき ぞうしょのやかた)」だ。
指定文化財をホテルに活用できたのは、文化財保護法の改正で「保存のための活用」も重視されたため。「蔵書の館」は、税金で賄う保存修復費を民間の力でも補い、地域の文化資源を価値ある現代の存在に変えて、地域の活性化につなげる先駆だ。
三木家住宅にはもう一つ、物語がある。地元に生まれた日本民俗学の父・柳田國男 (1875年~1962年)が11歳から1年間、預けられて暮らした家なのだ。4000冊余の蔵書を「自由に耽読し、乱読の癖はこの頃に養われた」と、國男は後に語っている。
館内には多様なジャンルの蔵書約1000冊を配架。本は自由に手に取ることができて、購入も可能。チェックインするなり、國男さながらに乱読、耽読三昧に浸れる。総支配人の川端雅明さんは、「コンセプトは『日本を知ろう!』です。書店では売れにくい、いい本や好奇心をそそる本をそろえており、『蔵書のセンスがとてもいい』と驚かれます。違う本を楽しみたいと、客室を変えて再訪されるお客様もいますよ」と話す。
未知なる書との出合いが待つ客室は全7室で、部屋ごとに趣が異なる。100平方メートルを超える広さの「離れ」は、穏やかな陽光が畳に差し込み、床の間は数寄屋風で、和を満喫できる奥座敷。一方、「米蔵(こめくら)」は既視感のない驚きにあふれる。かつて米俵を山積みにしていた空間は、吹き抜けの天井まで壁一面が本棚で、小さな明かり窓も幻想的だ。
大庄屋時代の柱や梁がそのまま残り、木の香りを体感できる。時計もテレビも、街の騒音もない静けさに包まれる空間は、至れり尽くせりのラグジュアリー感とは違い、自分なりの味わい方を見つけ出す楽しさがある。スマートフォンやインターネットをしばし忘れて、心ゆくまで自分自身とつながってみたい。
表座敷で涼を、散策で妖怪を満喫
ホテル周辺には、徒歩圏内に見どころが盛りだくさん。ゆっくりと、そぞろ歩きも楽しもう。
展示施設として公開されている三木家住宅「主屋(しゅや) 」は、代官など賓客を迎えた表座敷。「役宅と呼ばれる南側の4部屋は、家族も普段は使用禁止の特別な空間でした。初夏は吹き抜ける風が、涼感を高めてくれます」。そう教えてくれたのは福崎町社会教育課主査の長谷川幸子さん。代官の気分で、精緻な彫りの欄間を仰ぎ見ても、縁側に座って庭を眺めてもいい。
『遠野物語』の河童(かっぱ)や妖怪など、全国の民俗伝承を書物に著した國男の探求心は、三木家と郷里の風土で育まれた。福崎町にも「河童にお尻を抜かれる」伝承があり、妖怪で町おこしが進む。ホテルを望む高台の辻川山公園や辻川観光交流センターなど各所で、ユーモラスな姿の妖怪たちと出会える。
國男の生家や記念館、展望台など散策を満喫したら、ホテルに戻り、別館「妖怪BOOK CAFE」でひと休み。旧辻川郵便局(国登録有形文化財)の1階は、レトロな雰囲気のカフェに改装されている。荒俣宏や水木しげるなど「妖怪セレクト」本が並び、耽読タイムに再突入できる。
文化財保護法の名は「文化の財産」ではなく、新しい文化を創る「資財」であることに由来する。遺構としての過去形から、上手に活用する未来形へ。より良い暮らしと新しい文化が生まれる、原点を知る旅になった。
文/清水章弘 写真/伊地知清五
住所:兵庫県福崎町西田原1106
交通: 播但線福崎駅からタクシー10分/中国道福崎ICまたは播但連絡道路福崎北ICから1㌔
TEL:0790・24・3565、0120・293・958/問い合わせは11時~20時(祝日を除く火・水曜休)
客室:バス・トイレ付き約30平方メートル~110平方メートルの和洋室など(全7室)
(出典:「旅行読売」2022年6月号掲載)
(Web掲載:2022年7月11日)