【青春18きっぷでできること】百閒先生と行く『阿房列車』御殿場線・東海道線の旅(2)
山あいの橋梁を渡る御殿場線(写真/ピクスタ)
東海道線で「スウィッチ・バック」!?
【青春18きっぷでできること】百閒先生と行く『阿房列車』御殿場線・東海道線の旅(1)から続く
沼津駅で御殿場線を降りて昼食をとり、東海道線に乗り換えた。百閒先生は、ここから静岡までのさして長くない区間、興津(おきつ)駅と由比(ゆい)駅で降りてそれぞれ泊まり、夜は酒を飲むという、かなりのんびりした行程をたどる。さらに、沼津から東京に戻るには近すぎて物足りないので、翌日に興津駅から由比駅まで戻り、翌々日に静岡駅まで遠ざかって、これを「スウィッチ・バックの妙」と自分で感心しているのを読んで、思わず笑ってしまった。
興津で一行が泊まった旅館の水口(みなぐち)屋は廃業し、現在は地元企業が運営するギャラリーとなっている。百閒先生が起きがけに「庭先に清見潟(きよみがた)の海が光っている」と書いた景勝地は、バイパス開通などで埋め立てられ公園に姿を変えた。往時は海水浴客や保養客が泊まる旅館が立ち並んでいたが、今はただ1軒、岡屋が残るのみ。「西園寺(さいおんじ)公の坐漁荘(ざぎょそう)」は復元され、記念館として歴史を伝える。
なお、興津は機械による製餡業発祥の地であり、「宮様まんぢう」などの菓子店やたい焼きの店などがあるので、甘党は楽しみが増える。百閒先生は、酒はかなり飲んだようだが、あんこについてはひと言も触れていない。
この日の最後はサクラエビ漁で知られる港町、由比で降りる。旧東海道の宿場町だった由比での百閒先生はどこか感傷的だ。学生時分から何度も車窓に見た磯に立ち、「若い時の事が今行った汽車の様に、頭の中を掠(かす)める。命なりけり由比の浜風」と記す。その浜も今は埋め立てられて見えないが、百閒先生が歩いたのと同じ旧街道をぶらぶら歩けば、すぐ近くを列車が行き交う音がする。
文・写真/福﨑圭介 ※太字は『阿房列車』からの引用
水口屋ギャラリー
旧東海道興津宿の脇本陣があった場所で、明治期以降は景勝地・清見潟の別荘旅館として多くの著名人が訪れた。その後、地元企業が建物の譲り受けて改修し、現在は一部をギャラリーとして公開。皇族が使った食器類や、政治家の書、古い写真などを展示している。
■10時~16時/月曜休/興津駅から徒歩7分/静岡市清水区興津本町36/TEL:054-369-6101
※掲載時のデータです。
※上記モデルコースの交通費:青春18きっぷ2回利用(4820円)で、2280円お得
『阿房列車』と内田百閒
内田百閒は1889年、岡山県生まれ。1971年没。夏目漱石門下生の作家で、法政大学教授。『冥途(めいど)』『旅順入城式』『サラサーテの盤』など不安や狂気が見え隠れする幻想的な短編群の一方で、ユーモアに満ちた軽妙な筆致で随筆『百鬼園随筆』『ノラや』を書いた。1952年に刊行した『阿房列車』も後者に属し、用事なく鉄道に乗ることを自虐的に「阿房列車」と称して、昭和20~30年代の日本各地を旅した。時に直截に、時にぼやきながら旅の顛末が語られる中、当時の鉄道旅の風景やスタイルそのものが興味深い。今回紹介した「区間阿房列車」は新潮文庫『第一阿房列車』に収録。
(出典:「旅行読売」2023年7月号)
(Web掲載:2023年7月17日)