谷村新司（たにむら しんじ）　＜音楽家＞

1948年大阪府生まれ。71年「アリス」を結成し数々のヒット曲を生む。80年ソロとして「昴-すばる-」を発表し大ヒット。アジア各国でもヒットした。2004年に上海音楽学院常任教授、07年に南京芸術学院名誉教授に就任。10年6月にはアルバム「音標～ Voiceto Voice ～」を発売。

※※2023年10月8日のご逝去を偲んで、旅行読売2011年1月号の記事を掲載しました。謹んでお悔やみ申し上げます。

【旅の記憶】谷村新司さん（1）から続く

歌詞の言葉にすべてのメッセージを込めています。僕はただ心を込めて歌う。聞いてくださる方も、若い頃にはピンとこなかったけれど、今だからこの歌詞が心の中にすーっと入ってくる。そういうことってあるんですね。20代から歌を作ってきて、50歳になっても歌える歌を、とずっと思っていたんですけど、今60歳になってもなんの違和感もなく歌っています。すごく幸せだなぁと思います。

「昴-すばる-」は1980年に生まれました。引っ越しで段ボール箱を整理しているときに一気に書きあげました。僕は詩を書くときに何かを参考にすることはなくて、メロディーを作るときにも何かを聞くということはあまりないんです。ただその瞬間に浮かんだものをキャッチするんです。

「マカリイ」という歌を作りました。古代のハワイの言葉です。木船で彼らが海洋に漕（こ）ぎ出したとき、船を操る人、星をよむ人が必ず乗り込んでいた。星をよむ人をマカリイと呼んでいました。そして、マカリイとは昴のことも意味します。ハワイの人たちは昴を基準にして星をよんで航海していたのです。マカリイは目的地にたどり着く道標です。昴は目的地ではない。星標（ほししるべ）なのです。

55歳のときに帯状疱疹（たいじょうほうしん）を患いました。ツアーを中止して、その間に勉強をすることにしました。本当に知りたいことを学びたい、と。僕にとっては興奮の日々でした。

そして「昴すばる」が25歳になった2005年、キャラバンをやりたいと思いました。どんな小さな町でも、お誘いがあれば出掛けていきたい。人との出会い、場所との出会い。アリスの頃はがむしゃらにがんばってきたけど、今は本当に自分が行きたいと思って出掛けていきます。

キャラバンは「ココロの学校」と呼んでいます。漢字の「心」は落ち着いた心。ひらがなの「こころ」はやわらかいこころ。カタカナの「ココロ」はコロコロと音を立てています。音とともに「ココロ」を転がしてあげると、みんなすごく「ココロ」が幸せになる。腕組みして、かたくなだった男性がだんだんほぐれて、最後はにこにこして歌っている。そういう時にもあぁ本当によかったなって思います。音楽に包まれて、自分で閉じていた扉を開いてくれたんですから。

今まで4000回を超えるステージを行ってきました。アリスの時代には1年で303回ということもありました。日本中を何度も旅してきました。でも何も遠いところに行くことだけが旅ではありません。

たとえば自分のいつも決まった駅までの道を変えて歩いてみる。それだけでも発見があります。それも旅です。こっちに曲がろうと思った、その人の心が「旅ゴコロ」なのです。今まで電車から駅前風景しか見たことがなかった駅にふらりと降りてみる。これも旅です。自分の心に形を決めない。自由にしてあげる。それが一番大事なことだと思います。

感じて動くと、感動に出会えるんですよね。そんな旅をぜひしてみてください。

僕は、人生は旅そのものだと思っています。日々生きていることが旅なのでしょうね。

聞き手／三沢明彦

2010年3月、谷村は極寒の高野山にいた。空海が開いた真言密教の聖地。彼はその地で「昴-すばる-」を歌った。「荒野に向かう道より　他に見えるものはなし」と歌った時、鳥肌が立ったという。「荒野」は「高野」に通じていたのかもしれない、と感じたからだ。「昴」の原風景を求めて、夏には中国、インドを旅した。30年前、この歌を作ったのには、何か意味があるに違いない。その答えを求める旅だった。谷村は2010年12月に62歳になる。旅はこれからも続く。その先々で「ココロ」を伝えたいと言う。旅は巡礼なのである。（三沢明彦／2010年12月）

（出典：「旅行読売」2011年1月号）
（Web掲載：2023年11月8日）