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【旅の記憶】五木寛之さん

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> 明日香村
【旅の記憶】五木寛之さん

「物心ついた時から旅のさなかにいる」

人を定住型と移動・放浪型の二つに分けると、ご本人は紛うことない後者だと明かす。育った地である朝鮮半島から、異国と感じた日本へ。国内でも転々と住まいを変え、「物心ついた時から旅のさなかにいる」という心情を語ってもらった。

(※創刊45周年企画として「旅行読売」2011年11月号に掲載した記事を転載しています)

千所千泊、いつも旅の途上

朝鮮半島の各地で教師をしていた父の転勤に伴い、向こうでは小学校を3回、中学校も3回変わりました。戦争が終わり、今の北朝鮮の首都である平壌(ピョンヤン)から福岡へ引き揚げ、さらに昭和27年には大学に通うために上京しました。

それからも一か所に落ち着いて暮らしたことはありません。いつも転々としていて、特別に旅をしているという実感がないのです。移動、放浪タイプで、常に旅の途上という感じです。

それで不自由とか、困るということもありません。今住んでいる家が前進キャンプのようで、そこから国内でも、国外でも出かける。原稿も、自宅で落ち着いて書くよりも、列車や飛行機の中、旅先の喫茶店で執筆する機会も多いですね。今でも毎月少なくとも4回、1年間に60回近く旅に出ています。

数年前に千所千泊という計画を立てました。同じ所は含めず、これまでに、だいたい860泊しています。講演なども初めての土地なら、なるべく引き受ける、同じ場所は泊数に数えません。

今、NHKのラジオ深夜便の「五木寛之の〝歌の旅びと〟」というコーナーをもっています。47都道府県それぞれにゆかりのある、作家や作曲家、詩人を取り上げ、その地方について語る企画です。すべてが終わるのには5年くらいかかるでしょう(2015年終了)。

西伊豆、松崎海岸の崖上にて

土地の故事来歴を知れば陰影が生じる

なぜ、出かけていくのか? それは自分の目で見て、足で歩くとそれまでに得た情報、既成事実とは違ったものが見えてくるからです。

例えば、岩手は「隠し念仏の里」なのですが、あまり伝えられていません。実は高村光太郎も、宮沢賢治も注意深く読めば、隠し念仏に触れています。

九州には「隠れ念仏」があります。長崎などの隠れキリシタンは、歴史の教科書にも取り上げられ、よく知られていますが、「隠れ念仏」は表に出てきません。いずれも明治初期まで、200年、300年の長い年月を、何代にもわたり浄土真宗(一向宗)の信仰を守り続けてきた多くの大衆らがいたことを示すものです。

しかし、一向一揆に見られるように、この宗派は時の権力に逆らったので、隠されてしまうというのが実情のようです。こうした表土の下に隠された現実が、旅をすると分かります。いわば闇の部分なのですが、これが旅の魅力となっているのではないでしょうか。

旅に出ると発見がある。その折々に、土地の故事来歴を知っていると、陰影が生じて旅の面白さが増します。平凡な風景が一変し、ひとしお感慨深いものに変わります。

奈良県の飛鳥。ここは多くの人が訪れる場所です。雄大な景色を求めるなら、もっと別の地域があります。

にもかかわらず、なぜ、大勢の人が飛鳥に来るのか。それは、この地には万葉の時代からの長い歴史があり、一木一草に物語が染みついているからです。それを反芻(はんすう)することで、旅に奥行と味わいがでるのです。

詩を知ることで旅の物語世界が広がる

かつて、シベリア鉄道経由で、モスクワに行きました。入国手続きの時、職業を尋ねられました。当時はレコード会社に所属する作詞家でしたから、「自分は詩人、ポエトである」と述べ、ロシアでは誰でも口ずさむプーシキンとレールモントフの詩を暗唱してみせました。すると、あの国では詩人は尊敬されているんですね。手続きが、いとも簡単に終わりました。詩の一節を諳(そら)んじていたことで、旅が変わったのです。

その地にまつわる漢詩や詩、歌、短歌などの知識があると旅の物語世界がぐっと広がります。それは歌舞伎や浪曲など、意識せずに日々の暮らしで蓄積してきた日本人の共有の素養というか、遺産といってもいいでしょう。


聞き手/旅行読売編集部


プロフィール

五木寛之(いつき ひろゆき)

1932年、福岡県生まれ。早稲田大学文学部ロシア文学科中退後、編集者、作詞家などを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門』で吉川英治文学賞受賞。代表作は『風に吹かれて』『朱鷺の墓』『大河の一滴』など。

 

(出典:「旅行読売」2011年11月号)

(WEB掲載:2022年8月24日)


Writer

たびよみ編集部 さん

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