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旅へ。(第26回 京都と小野小町)

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> 京都市
旅へ。(第26回 京都と小野小町)

補陀洛寺(ふだらくじ)に残る小町老衰像、境内には小野小町と深草の少将の供養塔が残る

 

90歳 小野小町の老衰像 孤悲に苦悶 流浪の生涯

恋の旧字は「戀(こい)」。いと(糸)しい思いを結ぶ言葉も時にもつれ、す れ違い、万葉びとは「孤悲(こい)」と詠んだという。 京の都の洛北(らくほく)には鬼や天狗が棲み、数多の伝説が眠る。貴船(きぶね)や鞍馬(くらま)、大原へと至る街道を歩き、平安歌人、小野小町が流浪の末に息絶えたと伝わる補陀洛寺(ふだらくじ)を訪ねた。

小町寺と呼ばれ、本堂の老衰像は、小町、90歳の頃の姿という。 ミステリアスな女性だ。家系は遣隋使の小野妹子(いもこ)に遡り、昼は朝廷、夜は閻魔(えんま)大王に仕えた小野篁(たかむら)の孫ともいわれる。古今和歌集の仮名序で、紀貫之(きの・つらゆき)は「古(いにしえ)の衣通姫(そとおりひめ)の流なり」と称えた。衣通姫は、記紀神話の和歌三神のひとり、衣から光あふれる絶世の美女に例えられ、小町伝説が生まれたのである。

花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

自らの容色を花になぞらえたと思えば、背を向けた人もいたに違いない。百夜(ももよ)通いの物語の小町は驕慢(きょうまん)な女性だ。深草の少将は「百夜通えば……」という言葉を本気にし、約束の夜、雪の中で絶命する。小町寺の伝承はさらに酷い。僧が通りかかると、「あなめ、あなめ(ああ、目が痛い)」の不気味な声。目の穴からすすきが伸びた髑髏(どくろ)は、小町の変わり果てた姿だった。能や謡曲に登場する小町は、この世に未練を残す悲しい女性だ。

「哀れなる様にて強からず、言はば、好き女の悩める所あるに似たり」と仮名序は言う。驕慢(きょうまん)な女性のはずがない。京都・山科、隨心院の小町は晩年、里の子と遊んで暮らし、秋田の故郷に戻った小町は、92歳で往生したという話も伝わる。花の歌をもう一つ。

大原に残された「女ひとり」の歌碑

色見えで 移ろうものは 世の中の 人の心の 花にぞ有りける

花は戀。もつれた糸がほどければ、彼女もまた、叶わぬ思いに身悶(みもだ)えする女性のひとりなのだろう。小町寺の幻に別れを告げ、山の奥深くへ。貴船には恋に悩む和泉式部が通った〝思ひ川〞、大原の里には殿様を慕う娘が大蛇に変身するおつう伝説が残る。薪(たきぎ)売りの女性が歩いた大原女(おおはらめ)の小径(みち)で、「恋につかれた女がひとり」と刻まれた歌碑を見つけた。作詞は永六輔(えい・ろくすけ)。三千院を旅する結城紬(つむぎ)の女性は、先立たれた妻がモデルという。

永は晩年、天国の妻に宛てたはがきを毎日自宅に送り続けた。書かないと淋(さび)しい。書くともっと淋しい――と。
孤悲の歌が胸に染みる。

 

(出典:「旅行読売」2022年8月号)

(WEB掲載:2022年7月26日)


Writer

三沢明彦 さん

元「旅行読売」編集長

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