【旅の記憶】谷村新司さん(1)
谷村新司(たにむら しんじ) <音楽家>
1948年大阪府生まれ。71年「アリス」を結成し数々のヒット曲を生む。80年ソロとして「昴-すばる-」を発表し大ヒット。アジア各国でもヒットした。2004年に上海音楽学院常任教授、07年に南京芸術学院名誉教授に就任。10年6月にはアルバム「音標~ Voiceto Voice ~」を発売。
※2023年10月8日のご逝去を偲んで、旅行読売2011年1月号の記事を掲載しました。謹んでお悔やみ申し上げます。
谷村新司は自らを「旅人」と呼ぶ。2007年には「ココロの学校」をスタートさせた。求められれば小さな公民館も訪れ、地元の人に歌とトークを披露する。キャラバンなのだという。2010年11月初め、北海道・弟子屈(てしかが)は冷たい雨が降っていた。その夜、800人の町民が谷村の歌声に酔いしれた。
プライベートで訪れた道東摩周湖畔での素敵な出会い
僕の旅はコンサートでスタートしたのです。だから、みんなの住んでいる町へ出掛けていくことがすごく大事なことだと思うんですよね。明日、どんな人と出会えるんだろう。ステージの上と客席という出会いなんですけど、今日みたいに弟子屈の方々とのご縁が出来て、いつかまた再会する時が来る。それも旅のお陰なんですね。
道東は2年前、友達とプライベートで旅した土地です。その時、弟子屈のレストランに入りました。「ブラゾンダラゾン」というお店です。森佳代さんという方がすごく親切でした。裏庭の満開の桜に見とれていると、奥のほうから顔を見せた方がお母さんの森雅子さんでした。陶芸家です。窯や作品を見せていただいて、すっかり盛り上がっちゃいました。摩周湖(ましゅうこ)畔でお茶を立ててお月見するんですよとおっしゃった。本当にすてきです。アーティストに出会えたと思いました。
摩周湖と屈斜路湖(くっしゃろこ)と阿寒湖(あかんこ) 。三つの湖を歩いていると、とても気持ちいいんです。体が喜んでいる。水がおいしい。空気もいい。だから体が反応してしまう。それに土がいい。歩くとすごいエネルギーを感じます。都会暮らしですから、土の道を歩くということはとても幸せなんですね。
大好きな沖縄で見た満天の星祈りの道、熊野古道を行く
改めて思うのは、日本ってすごいですね。いろんな国に旅行するたびに感じます。日本に帰ったとき、やっぱり日本ってすごいなぁと。大きさじゃない。緑に恵まれ、水に恵まれ、こんなに土がいっぱいあって、川もたくさんある。ずっといると当たり前としか思えないことが、日本に戻るとやっぱりいいなぁって感じます。
日本を旅していると、日本の風景に合う音楽がある。その土地のメロディーがある。土地に響くメロディーがあるんですよ。懐かしい歌が合っているという場所があったり、気持ちが高揚する曲がいいなという場所もあったりします。
沖縄も大好きな場所のひとつです。若い頃ってリゾートの感覚でしたよね。でも4年前に宮古島に行って変わりました。
大神(おおがみ)島っていう小さな島があります。なぜかそこに行きたいなって思い立ち、行ってみました。島民が33人しかいない島でしたけど、公民館で大歓迎してくださって。時間にしてわずか一時間の触れ合いだったんですけど、帰りには、船着き場までおばあたちが見送りに来てくれました。僕の姿が見えなくなるまでずっと手を振ってくれるんです。そのとき感じたんです。僕はなんらかの意味があってここを訪ねたんだって。なぜそこに行ったのかはまだ分からないんです。でも全部のことがつながっているような気がしてきたんですよ。
テレビ番組で多良間(たらま)島に行ったことがあります。一般の方の家に泊まって、お盆の法要に参加させていただきました。おもちゃのお札を火にくべるんですね。亡くなったおじいやおばあが天国でお金に困らないようにと、天に送ってあげるんですよ。帰り道は本当の闇でした。夜空を満天の星が埋めている。その光景を眺めながら、沖縄のみなさんは火と星を大事にしているんだなと感じました。
熊野を訪れたのは3年前の夏でした。テレビのロケです。でも、いつか熊野に行くことになるんだろうなと予感はしていました。熊野古道を歩いていると、誰もいない道でしたが、何百年何千年もこの道を多くの人が歩いてきたという気配を感じました。道の上に新しい道が出来ているのだなぁ、と。熊野速玉(はやたま)大社の火、熊野那智大社の水、そして熊野本宮大社の土。熊野は三つがそろっているんですね。人が生きていく上で、大事な三つの神様がいるんですね。すばらしい場所だと思います。
聞き手/三沢明彦
(出典:「旅行読売」2011年1月号)
(Web掲載:2023年11月8日)