【文化財の宿】見とれるような美しさ 会津東山温泉 向瀧(1)
ていねいに手入れされた庭園。初夏の昼間にはガラス戸が外される
中庭を囲む廊下の先に別世界が広がる
会津若松駅からタクシーで10分ほど。山あいを湯川沿いに進むと、橋の向こうに立つ木造建築に目がとまった。堂々とした千鳥破風(ちどりはふ)に守られるように、窓から温かな明かりがもれている。見とれるような美しさだ。ここが、今宵の宿、向瀧である。
玄関の先には中庭を囲むように、磨き上げられた廊下が伸びている。苔(こけ)むした庭の中央には大きな池があり、のんびりと鯉(こい)が泳ぐ。なんだか日常とはほど遠い別世界に足を踏み入れたような、夢見心地で歩いた。
中庭には、春の桜や秋の紅葉はもちろん、ツツジやアヤメ、アジサイと季節の花が彩りをそえる。冬は花を見られないからと、2001年から始めたのが12月半ばから2月の「雪見ろうそく」。中庭に積もった雪に約120本の竹筒をさしこみ、明かりをともすと、なんとも幻想的な光景が現われる。今や、向瀧の冬の風物詩として、大人気だそうだ(積雪がない場合は中止)。
向瀧の創業は明治の初めの1873年。会津藩の指定保養所「きつね湯」を平田家が受け継ぎ、温泉旅館として開業した。その後、少しずつ増築を重ね、1934年の大普請(だいふしん)で現在の形になった。
大普請には会津の大工に加え、関東からも宮大工が参加。釘(くぎ)などは使わず、木と木を組み合わせて強固な建物を造り上げた。
デザインへのこだわりもすごかったという。手すりや障子(しょうじ)なども部屋ごとに個性を演出。「桐の間」には天井から何から全部桐材を使い、ふすまの引き手も桐の花にするといった具合だった。
「棟梁(とうりょう)はキセルをくわえながら何日もじっと座って考え込んでいて、アイデアがひらめいた途端、ばーっと必要な材料を書き出して取り寄せる。もう芸術ですよ」
6代目の平田裕一社長は、そう言って笑う。粋を凝らした木造建築は、1996年に国の登録有形文化財第一号物件に登録された。
造りも眺めもすべて異なる客室
廊下の先にはあちらこちらに客室に向かう階段があり、迷路のよう。斜面に連なるように造られた客室は、地形に合わせた間取りや工法を用い、24室すべて異なる造りになっている。
その日通された「かきつの間」の欄間には、カキツバタの透かし彫りが施されていた。広縁から庭を見ると、目の前に桜の木の枝が伸びている。満開の頃は特等席だろう。客室によって眺めが異なるので、季節によって希望の部屋を指定する常連客もいるそうだ。
大正初期に完成したという「はなれの間」は、当時の東山温泉史に「宮内庁指定棟、各皇族方お泊まりの御殿」と記述された特別室。回り廊下のある書院造りで、専用の浴室も付いている。2人1室だと1人約4万円だが、一番早く予約が埋まるという。
文/高崎真規子
写真/三川ゆき江
【文化財の宿】堂々とした千鳥破風 会津東山温泉 向瀧(2)へ続く(12月26日公開予定)
TEL:0242-27-7501
住所:福島県会津若松市東山町湯本川向200
交通: 磐越西線・只見線会津若松駅からタクシー10分、またはバス10分、東山温泉
駅下車すぐ/磐越道会津若松ICから15キロ
客室:トイレ付き8畳~10畳和室、8畳+6畳和室など(全24室)
料金(税・サ込み):1泊2食付2万3250円~(2人1室利用)、2万8750円~(1人1室利用)
※料金等すべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2022年6月号の記事に加筆)
(WEB掲載:2023年12月25日)