【ひなびた温泉】5つの温泉を掘り当てた現代の弘法大師? 猫鼻の湯<長野・湯原温泉>
手作り感あふれる湯船に思わずほっこり。2本のパイプからけっこうな量の源泉がかけ流されている。内湯なのにほぼ露天風呂のような開放感があって、なによりもここから眺める景色が素晴らしいのだ
プロフィール
岩本薫(いわもとかおる)
1963年東京生まれ。温泉研究家、作家、エッセイスト。温泉研究家といってもひなびた温泉にしか興味がない偏愛志向。主な著書に『もう、ひなびた温泉しか愛せない』『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』(以上、みらいパブリッシング)『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)等。メディアにも多数出演。ひなびた温泉マニアのグループ「ひなびた温泉研究所」のショチョーでもある。
名物和尚が夢見る、愛おしき温泉テーマパーク
弘法大師といえば全国各地で温泉や井戸を掘った伝説を残しているけれども、ただ、それらはあくまでも伝説の域を出ないものである。しかし、この現代に、温泉を五つも掘り当てたお坊さんがいるのだ。長野県塩尻市の鶯着寺(おおちゃくじ)の和尚である清水英雄氏。まさに現代の弘法大師だ。
なぜ五つも温泉を掘れたのか?
うれしそうに和尚が教えてくれた。雪が降る冬の間、不自然に雪が溶けている所を探し、当たりをつけるのだという。おそらくここら辺の雪は地熱で溶けているのではないか、と。で、統計をとりながらその場所を2年、3年と観察し、確信したところでボウリング掘削するというわけだ。趣味の山スキーで長野の山々を巡っているときなんかに、そういう場所を見つけるのだという。
そんなふうにして掘られた温泉の一つが、今回紹介する湯原(ゆばら)温泉 猫鼻の湯。長野県小谷(おたり)村にあり、2013年に掘り当てられた。一度は火事で全焼したが、見事に復活した。
人柄が至る所に宿る秘密基地温泉
和尚の夢は、猫鼻の湯を温泉のテーマパークにすることだという。なんて聞くと、よくあるハコモノ的な温泉施設を思い浮かべて、いかにも金儲(もう)けが大好きな多角経営の俗物坊主じゃんって感じがしちゃうけど、そうじゃないんですねぇ。猫鼻の湯はまったく真逆の温泉なのだから。
まず、受付兼休憩所がまるで工事現場とかの作業員が休憩するプレハブ小屋にしか見えない。その裏に手作り感満載なバラック小屋のような湯小屋があって、中へ入るとこれまた手作り感満載な脱衣所や浴室、そして湯船がある。あっちを見ても、こっちを見ても、どこを見ても、これでもかというほどに手作り感満載な〝秘密基地〞みたいな楽しく愛(いと)おしい温泉なのである。
ほかにも離れに貸切露天風呂があり、プレハブの仮眠小屋のほかテントやキャンピングカーで宿泊もできる。受付兼休憩所は飲食物の持ち込みOKで地元の人たちの憩いの場所にもなっている。なるほど、和尚のいうテーマパークとは、こういうことなのかとじわじわと納得できるのだ。
贅沢なかけ流しと眼福な絶景
さて、肝心の湯はというと、これまたスベスベ感があるめっちゃいい湯だったりする。熱い源泉とぬるい源泉をミックスしてかけ流す湯は鮮度も素晴らしい。つかれば思わず「あ〜」と声が出るような気持ちのいい湯。そして、湯船からの眺めがこれまた絶景だったりする。眼下に姫川。その対岸の緑豊かな山肌に目を奪われる。なんていうんだろう。こんな手作り感満載な湯船から眺めているからこそなんでしょうね。絶景との一体感がハンパないんだから。これがもしゴージャスなラグジュアリー温泉からの眺めだったとしたら、ここまで感動はできないだろう。ギャップの魔術ってヤツですかね。
湯上がりには和尚が源泉で淹(い)れたお茶でもてなしてくれる。和尚の宗派は禅仏教の曹洞宗だから、きっと若い頃は大本山の永平寺とかで厳しい修行を積んできたことだろう。でも、固っ苦しい聖人君子というわけではない。かなりくだけた愉快なお坊さんなのだ。話は面白いし、しょーもないギャグもいっぱいかましてくれる。ホントに修行してきたんすか?ってツッコミたくなるようなオモロい和尚なのだ。
リピーターも多い。だって、まさかのこんな山奥に「ポツンと一軒家」みたいに唐突に温泉があって、そこが秘密基地みたいに楽しい温泉で、湯も贅沢に源泉かけ流しで、オモロい名物和尚がいて……。こんな温泉ほかにありますか?って言いたくなるような温泉なのだから。
そうそう、和尚はなんと御年93歳。そんな高齢が信じられないくらいに元気なんだけど、そろそろ後継者を探し始めているなんてウワサも聞くので、みなさん、今のうちにぜひ猫鼻の湯の名物和尚に会いにいってみてくださいな。忘れられない思い出になりますよ!
文・写真/岩本 薫
今月のひなびた温泉
猫鼻の湯 (長野・湯原温泉)
◎料金:500円
◎泉質:ナトリウム・マグネシウム・カルシウム―炭酸水素塩・塩化物泉
◎アクセス:大糸線北小谷駅からタクシー6分(徒歩50分)/北陸道糸魚川ICから国道148号経由25キロ(国道148号湯原トンネル脇入る、看板あり)
◎住所:長野県小谷村北小谷
◎TEL:090-7010-7286
詳細は👉こちら
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2024年11月号)
(Web掲載:2025年1月8日)