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【新そばの里へ】コラム そばの香りを求めて

【新そばの里へ】コラム そばの香りを求めて

イラスト/ピクスタ

そばを旅の目的として出かけることは多い

「そばの香り」というのは私にとって、草原を滑って、この全身を包み込む夏の風の匂いであったり、見知らぬ町の雑踏を歩きながら感じる、温かくて湿潤な空気の肌触りであったりする。つまり、そばとは、旅を通して出会うものという思いが、認識の根っこにあるのだ。だから、そばを旅の目的として出かけることは多い。まず、これを食べたいと思うそばを決めてから、その前後の時間に何ができるかを考える。山間(やまあい)の秘湯でくつろぐのもいいし、海辺の町に寄って地魚と地酒を味わうのもいいな、などと考えると、胸の鼓動が少し速くなる気がする。

興味のある、ほとんどのそば処は歩いたが、おすすめできる土地といえば、とりわけ福井県が挙げられる。理由は、そばがうまいから……と言うと、「なんだ、当たり前のことじゃないか」と思われるだろうが、ここが話を聞いていただきたいポイントだ。

日本そば本来の味が、福井には残されている

福井で栽培されているそばは、ほとんどが、昔からこの地で栽培され続けている在来種だ。改良品種とは決定的な味の違いがある。日本そば本来の味が、この地には残されているのだ。それなら、わざわざ現地まで行かなくても、福井のそば粉を使っている東京のそば屋さんで食べれば、同じではないかと思われがちだが、これも賛同できない。

各地になぜ「郷土そば」があるのかという理由を考えていただきたい。それぞれの土地のそばを最もおいしく食べるために、そこに暮らす人々が、親から子、子から孫へと、代々工夫を重ねて、たどり着いた答えが、「郷土そば」という文化になっているのだ。その土地のそばのおいしさを、最高に引き出して味わうには、地元に伝わる食文化という舞台の上でいただく必要がある。そばの微妙な食感や、味のバランス、汁と麺とのハーモニーなど、そばのおいしさを決定付ける要素は、極めてデリケートだ。これを熟知しているのが、地元の方々なのである。

伝統の食文化は体に染み込んだもので、簡単にまねできない。

福井を訪ねたら、この地の「郷土そば」である越前おろしそばを、ぜひ召し上がっていただきたい。

そばに限らず、すべての料理は、紛れもない本物を、最高の状態で食べてみないと、その本質は理解できない。誰かが「十割そばは、硬くて、ボソボソして、おいしくないよ」と評したのを聞いて、そういうものかと納得しないでいただきたい。どこの産地のそばを使い、どのように製粉して、誰が、いつ打ったのか。それによってそばの味には雲泥(うんでい)の差がつく。自分の舌で、納得のいく1枚を味わって、初めて、その料理に対して、何かが言えるのだ。

そばを目的にした旅がお好きな方は、そばの本質を理解している、粋人(すいじん)なのだと思う。

文/片山虎之介(そば研究家)


プロフ写真(たびよみ用).jpg
かたやま・とらのすけ
1950年、長野県生まれ。そば研究家。カメラマン。Webメディア「日本蕎麦保存会jp」を運営するかたわら、各地でそばの講演・プロデュースを行っている。著書に『蕎麦屋の常識・非常識』(朝日新聞出版)など。

※記載内容は掲載時のデータです。

(出典:旅行読売2024年12月号)
(Web掲載:2025年4月16日)


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