旅よみ 俳壇 旅行読売2025年6月号

雑木林の中に立つコンクリート造りの無言館(写真/ピクスタ)
【特選】
杏(あんず)咲く愛のあかしの無言館
◉船橋市 大内善一
<評>長野県上田市にある無言館は、戦没した画学生の慰霊を掲げて建てられた。信州の春を彩る薄紅色の杏の花を背景に、若くして散ったたくさんのいのちが「愛のあかし」として温かく切なくこころに響きます。
【入賞】
ゆつくりと靴ひも直し雪割草(ゆきわりそう)
◉横浜市 茅房克一
<評>雪割草は山地に自生する薄紫の小さな花。この靴ひもは登山靴でしょう。ゆっくりと締め直し、また歩き出す道に雪割草が可憐(かりん)。
悲しみの重さ加はる春の雪
◉成田市 小川笙力
<評>降っては淡く解ける春の雪。白くはかない春の雪に「悲しみの重さ」があるとは、人生の哀感がにじみ出た詩的な表現です。
うすらひの翼開けゆく湖畔かな
◉武蔵村山市 温泉幸子
<評>「うすらひ」とひらがなで書いたことが利いています。朝の日が昇るにつれて翼が開くように氷が解けてゆく湖畔の美しさ。
国盗(と)りの敗者勝者もおぼろ月
◉市川市 井田千明
<評>戦いにおいては勝者も敗者もともに傷つきます。戦国時代を生きた武士たちもおぼろ月を万感の思いで見上げたことでしょう。
【入選】
ぱふぱふと靴にニセコの小米雪(こごめゆ き)
◉江戸川区 岩井千恵子
よきことはその日のうちに鬼やらひ
◉東京都中央区 豊澤佳弘
蕗(ふき)の薹(とう)柳生(やぎゅう)の里の隠れ径(みち)
◉茨城県利根町 中澤則明
春愁(しゅんしゅう)や弥次喜多道中一人ぼち
◉足立区 太田君江
春風に立ち上がりたる古墳山
◉久喜市 梅田ひろし
福笹について辿(たど)れば四条通
◉新宿区 居林まさを
早池峰(はやちね)のうすゆき草は今盛り
◉神奈川県中井町 笹尾雅美
山峡の凪(なぎ)て遍路の歩の軽く
◉埼玉県吉見町 青木雄二
北限の海女(あま)や蝦夷(えみし)の裔(すえ)として
◉仙台市 平山北舟
風光り棚田に僕のお宿あり
◉さいたま市 小林茜音
【佳作】
六角堂金波銀波(きんぱぎんぱ)の春の海
◉さいたま市 竹内白熊
伊予灘の航路を霞遠汽笛(とおきてき)
◉伊予市 福井恒博
雪の中発車ベル鳴る地方線
◉行田市 根岸保
大仏の鴟尾(しび)の浮き立つ冬花火
◉伊賀市 箱林允子
木道に釘新しや冬の草
◉日高市 渡辺義子
風光る川面に青き旅の空
◉大田区 豊島仁
下萌(したも)ゆる笛吹川の流れかな
◉川崎市 柳内恵子
山菜のバトルはじまる人と猪(しし)
◉神奈川県中井町 竹和世
冴返る萬代橋(ばんだいばし)の風硬し
◉足立区 山崎勝久
みちのくの冬の旅路や登山靴
◉江東区 岩川富江
<選者>「麦」会長 対馬康子(つしまやすこ)
香川県出身。「天為」最高顧問。現代俳句協会副会長。産経新聞俳壇選者。2015年文部科学大臣表彰。句集に『愛国』『純情』『竟鳴』など
対馬康子先生の総評
今月もさまざまな旅の句が寄せられ、こちらも楽しく旅をしている気分になりました。旅とは不思議です。初めての場所、初めての景色なのに、どこか遠い日に見たようななつかしさを感じることがあります。旅の出会いに、自分の記憶の奥底にこれまでずっと隠れていたものがふと顔を覗かせるからかも知れません。
対馬康子先生のワンポイント俳句講座
句帳とは何ですか?使い方のコツは?
「句帳」は「俳句手帳」の略で、作った俳句を書くための小さなノートです。自分の作品だけでなく、参加した句会の記録、また感銘した名句や新しく覚えた漢字などの覚書として日付とともに書き留める、いわば作家の創作秘密ノートです。
最近はスマートフォンに俳句を作りためる方も多いようですが、紙に書き残したものの方が作句時の心情や添削の過程が生々しく感じられます。
私は作品の記録用にはパソコンを使いますが、句帳は俳句に向かう際の大事な相棒、特に旅先や吟行(ぎんこう)会ではスタンプを押したり、押し花を挿んだり、隅に挿絵を描いたりして楽しんで使っています。文房具屋さんでお気に入りのものを選ぶのも楽しいものです。
【応募方法】
旅で詠んだ俳句、風景や名所を詠んだ俳句をお送りください。特選句には選者の直筆色紙と図書カード、入賞句には図書カードを進呈します。応募には「月刊旅行読売」に添付の「投句券」が必要です。「月刊旅行読売」は全国の書店またはこちらの当社直販サイトで送料無料でお求めいただけます。
(出典:旅行読売2025年6月号)
(Web掲載:2025年4月28日)
※連載「旅よみ俳壇」トップページはこちら