【伊東潤の 英雄たちを旅する】第11回 北条氏康と小田原

小田原城天守は1960年に鉄筋コンクリート造りで復興され、内部は資料館になっている(写真/齋藤雄輝)
プロフィール
伊東 潤(いとう じゅん)
1960年、神奈川県横浜市生まれ。歴史作家。2013年、『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞、『巨鯨の海』で山田風太郎賞を受賞。過去5回、直木賞候補となる。近著に、敗れ去った日本史の英雄たち25人の「敗因」に焦点を当て歴史の真相に迫るエッセー『敗者烈伝』(実業之日本社)などがある。
三代・北条氏康の時代は北条氏の勃興期にあたる
北条(ほうじょう)五代と言えば初代早雲が(そううん)最も有名だが、主な活動舞台は伊豆なので、小田原との縁はさほど深くはない。2代氏綱(うじつな)の時代は勝ったり負けたりの苦戦続きで、4代氏政(うじまさ)と5代氏直(うじなお)の時代は小田原合戦で秀吉に敗れ去った印象が強い。その点、3代氏康(うじやす)の時代は北条氏の勃興期にあたり、勇壮な合戦譚が多くある。
その白眉(はくび)は上杉氏ら守旧勢力を一撃で打ち破った河越(かわごえ)夜戦だろう。だが上杉謙信と武田信玄を籠城戦で撤退させた手腕も捨て難い。すなわち氏康は攻防兼備の名将だったのだ。
氏康は内政面でも顕著な業績を治め、領民からも慕われた。領内の検地を徹底的に行い、「小田原衆所領役帳(しゅうしょりょうやくちょう)」を作成することで、家臣や領民に平等な賦役を課し、結果的に負担を軽減させることにつながった。また目安箱を設置し、領民から当主へ訴えが直接届くようにした。こうしたことから氏康は名君の誉れが高い。
氏康と言えば「汁かけ飯」の逸話が有名だ。
氏康と嫡男の氏政が小田原城内で一緒に食事を取っていた時のこと。氏政は飯に汁をかけて食べようとするが、かける分量をうまく見積もれず、食べてはかけてを繰り返していた。それを見た氏康が、「飯にかける汁の量も測れんとは、わしの代で当家も終わりか」と言って嘆いたという。目先のことしか考えず長期的展望に欠ける氏政を揶揄(やゆ)した逸話だが、北条氏は氏政が主導権を握っている時に滅んでしまう。
小田原の名物と言えば、汁かけ飯ではなく蒲鉾(かまぼこ)や「ういろう」だが、最近は「小田原どん」という新たな名物が登場した。これは山海の珍味を丼に盛り付けしたもので、各飲食店の腕の見せ所となっている。小田原は豊かな自然に恵まれた地で、山海の珍味にも満ちているので、多彩な丼が生まれるのだろう。
小田原駅前の複合商業施設「ミナカ小田原」にも寄りたい。 4階建ての商業棟「小田原新城下町」と地上14階地下1階のタワー棟に、40以上の店舗がそろう(写真/三川ゆき江)
小田原駅西口の前にある小田原北条氏初代、北条早雲公像
歴史の町・小田原の象徴と言えば小田原城だが、2016年5月にリニューアルされ、これまで以上に展示が見やすくなった。また城で行われるイベントも多くなり、いつも賑わっている印象だ。
特に毎年5月3日に開催される「小田原北條五代祭り」は、歴史祭りの中でも屈指の伝統を誇り、今年で59回を数える。この祭りは、勇壮な武者が小田原市内を練り歩く圧巻のイベントで、私も何度か参加したことがある。
小田原城は天守以外にも、戦国時代の遺構が徐々に整備されてきている。特に外周9キロの総構(そうがまえ)を巡ることをお勧めしたい。小峯御鐘(こみねおかわ)ノ台大堀切(だいおおほりきり)、早川口(はやかわぐち)遺構、蓮上院土塁(えwんじょういんどるい)、三の丸外郭新堀(がいかくしんぼり)土塁、稲荷森(いなりもり)、城下張出(しろしたはりだし)、山(やま)ノ神堀切(かみほりきり)といった北条氏時代の遺構群は、じっくり見ようとすれば1日では回り切れない。
豊臣軍に対抗するために造られた総構の遺構、小峯御鐘ノ台大堀切東堀
小田原城天守の展望デッキからの眺め。城下町や相模湾が見える
甲冑や刀剣などを展示する常盤木(ときわぎ)門SAMURAI館
小田原から少し足を延ばせば、北条氏の菩提(ぼだい)寺の箱根湯本早雲寺(そううんじ)や、秀吉が北条方の度肝を抜いた石垣山一夜城跡もある。
小田原城の天守から、箱根山の天険(てんけん)、相模(さがみ)湾の輝き、巍(ぎ)々たる丹沢山塊を眺めつつ、関東に覇を唱えた氏康の気分になるのも一興だろう。
文/伊藤 潤
写真協力/小田原市観光協会
英雄メモ🖋
北条氏康(ほうじょううじやす)[1515 ~1571]
戦国時代の武将。相模国小田原城の城主。1541(天文10)年に27歳で小田原北条氏の3代の家督を継いだ。46年の河越夜戦では関東管領の山内上杉氏、扇谷(おうぎがやつ)上杉氏らの連合軍を撃破し、武蔵国支配を確立。検地のほか、租税制度や伝馬制度の整備など、領国経営の安定を図った。今川氏、武田氏と三国同盟を結んで、上杉謙信の侵攻を退け、小田原北条氏の全盛期を築いた。
[小田原城への交通]
東海道新幹線小田原駅から徒歩10分
[観光の問い合わせ]
TEL:0465-20-4192(小田原市観光協会)
※記載内容はすべて掲載時のデータです。
(出典:「旅行読売」2023年12月号)
(Web掲載:2025年5月6日)