【いま、会える昭和】昭和の大相撲を支えた北海道出身の名横綱の足跡をたどる

令和に入り、大相撲人気が再燃している。新横綱・豊昇龍(ほうしょうりゅう)が誕生し、外国人力士の全盛期が続くが、昭和の大相撲は「道産子横綱」の時代だった。自然豊かな北の大地からは、北海道出身初の横綱となった千代の山をはじめ、大鵬(たいほう)、北の湖(うみ)、千代の富士、北勝海(ほくとうみ)ら全都道府県で最多の計8人の横綱が誕生している。道内にある三つの記念館を訪れ、昭和の大横綱たちの足跡をたどることで、新規の若いファンも大相撲の歴史と奥深さに触れられるだろう。
大鵬相撲記念館<弟子屈町>
大鵬の書や手形、綱などが展示された館内
豊かな自然の中に立つ記念館
まず紹介したいのが、幕内優勝回数32回を誇る大鵬。平成になって白鵬に塗り替えられるまで最多記録を誇っていた。実力はもちろん、人気も高く、昭和40年代の「巨人、大鵬、卵焼き」の流行語はあまりに有名だ。
そんな大鵬は1940(昭和15)年、ウクライナ人の父と日本人の母のもとに南樺太で生まれ、北海道東部の弟子屈町で育った。生前の大鵬は、「当時はみんな貧しい生活をしていたから、北海道の人間はハングリー精神が強かった」と、道産子力士の強さの秘けつを話していたそうだ。車やバスがない時代に、何キロも離れた学校へ徒歩で通い、遊びはもっぱら木登りや手作りの板で滑るスキー。同じ時代でも、ほかの地域にはない形で足腰が鍛えられたのだという。
大鵬相撲記念館は1984(昭和59)年に開館。親方となっていた大鵬自身は年3回ほど来館したといい、現在幕内で活躍する孫の王鵬も時折足を運ぶ。幼い頃は大鵬に手を引かれて訪れたこともあったそうだ。
館長の山名政勝さんによると、展示物はすべて大鵬から寄贈されたもの。「32個の天皇賜杯や、少年時代の貴重な写真、29代木村庄之助(立行司)が式守錦太夫(しきもりきんだゆう)時代に大鵬さんから贈られた装束など、ゆかりあるものがたくさんあります」と胸を張る。弟子屈町を訪れる際には、ぜひとも「昭和の大横綱」の気炎を感じてみたい。
大鵬相撲記念館
■9時~17時/無休/420円/釧網線川湯温泉駅からバス12分、大鵬相撲記念館下車すぐ/弟子屈(てしかが)町川湯温泉2-1-20/TEL:015-483-2924
横綱北の湖記念館<壮瞥町>
北の湖の力強い土俵入りの姿も再現
壮瞥(そうべつ)町郷土史料館も併設している
「黄金の左」で活躍した横綱・輪島と共に、輪湖(りんこ)時代を築いて昭和50年代の大相撲を盛り上げた北の湖。横綱昇進時は、大鵬が持っていた最年少記録を更新する21歳2月の若さだった。
北の湖は1953(昭和28)年、洞爺湖や有珠(うす)山で知られる壮瞥町に生まれた。鉱山の作業で体を鍛えられた人も多かった。北の湖自身は幼い頃から体が大きく、柔道でならした。相撲の経験はなかったが、師匠の三保ヶ関親方が壮瞥町を訪れた際にスカウトされ、13歳で入門。24回の優勝、通算951勝などの記録を打ち立て、「憎らしいほど強い」とファンからはため息が漏れた。引退後は日本相撲協会理事長としての功績も大きく、人格者として角界内外の多くの人々に愛された。
現役引退の6年後に開館した北の湖記念館には、両国国技館に飾られていた優勝額や、年代別に並べられた相撲関連の書籍、実際に使用していた化粧まわしなど、北の湖の大相撲人生18年間の歩みをたどる貴重な資料が展示されている。こちらも大鵬相撲記念館と同様、本人から寄贈されたものばかり。その体と同じくらい大きな器と心の温かさを、展示物から感じることができるだろう。
横綱北の湖記念館
■9時~17時/12月1日~3月31日は冬季休業/250円/室蘭線伊達紋別駅からバス15分、北の湖記念館前下車すぐ/壮瞥町滝之町294-2/TEL:0142-66-2201
横綱千代の山・千代の富士記念館<福島町>
優勝トロフィーや化粧まわしなども見られる
千代の山(右)と千代の富士の像が並び立つ
北海道出身初の横綱・千代の山。その弟子であり「ウルフ」の異名で親しまれた千代の富士。2人の横綱を生んだ福島町は、毎年5月に「女だけの相撲大会」を開催するなど、相撲の普及振興に力を入れている。渡島(おしま)半島南西部に位置し、漁業が盛んでスルメイカの生産は国内有数。千代の富士も1955(昭和30)年、漁師の家に生まれ、力士としては小柄ながら強い足腰に恵まれた。
千代の山は、千代の富士の新三役昇進を見ることなく51歳で他界。千代の富士も還暦土俵入りの翌年、61歳の若さで惜しまれながらこの世を去った。横綱千代の山・千代の富士記念館には、2人が使用した化粧まわしや、千代の富士の断髪後の髷(まげ)、還暦土俵入りの際に着用した赤い綱などが展示されている。
1997年の開館時には、当時九重親方だった千代の富士がセレモニーに訪れた。千代の富士の没後に九重(ここのえ) 部屋を継承した元大関・千代大海は、毎年お盆の時期に、弟子たちを連れて同記念内で合宿を行っている。合宿は入館料で見学できるので、ぜひとも足を運んでみたいものだ。
横綱千代の山・千代の富士記念館
■9時~17時/12月1日~3月16日は冬季休業/500円/ 函館線函館駅からバス2時間30分、福島下車徒歩3分/福島町福島190/TEL:0139-47-4527
どこまでも広がる大地と心地よい風。大自然に囲まれながら、新鮮な魚介類に舌鼓を打つ―。北海道を旅するなら、その気候風土が生んだ名横綱たちに思いをはせてみてはいかがだろうか。
文/飯塚さき(相撲ライター)
いいづか・さき
1989年生まれ、さいたま市出身。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。雑誌「相撲」(同社)やネットメディアなどに執筆。新刊『おすもうさん直伝!かんたん家ちゃんこ』(パイインターナショナル)、『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』(ホビージャパン)などを著作。2024年9月場所では、両国国技館内のインバウンド向け英語生解説を担当した。